メントは高台の上から見下ろすように口を開いた。まるで語り部のように、ゆっくりと、しかし確信に満ちた声で。
「九百年前、この異世界には二つの種族が存在していた。人間とエルフ。互いに助け合い、共に暮らしていたんだ。争いもなく、まるで夢のような日々だった」
空に浮かぶ地球を背に、メントの瞳にはかつての光景がよみがえっているかのようだった。
「だが、すべては一人の王によって壊された」
声が低くなる。
「ロード家、初代国王――ファースト・クライス。彼は種族の共存を否定した。人間とエルフが手を取り合う姿を憎み、やがて呪いや魔法に没頭し、どちらか一方を根絶やしにしようとしたんだ」
悠が小さく息をのむ。
「そして完成したのが“根絶やしの呪い”だ。エルフたちの精神を歪め、人間を憎むように仕向けた。やがて彼らは人間を奴隷とし、食料にするようになった……おぞましい歴史だよ」
メントの声には怒りも悲しみも混じっていた。だがそれ以上に、燃えるような執念があった。
「そして最近、新たに目覚めた魔法がある――《ウォーク》。並行世界を接続し、自由に行き来できる禁断の力だ。探偵よ、君が使うその力……それも“魔法”に他ならない」
悠が叫ぶ。
「だったら、俺や雪はどうしてそんな魔法を使えるんだよ!?」
「魔法は、ある条件下で非魔法使いに転移することがある。魔法を宿した者と接触したときだ。思い当たるだろう?」
――あいつだ。最初に忠告してきた、グリスって海賊。
悠の脳裏に、あの男の顔がはっきりと浮かんだ。
メントは一歩後退し、最後に言い残す。
「決戦の舞台は、京都だ。そこで待っているぞ――クライス」
「貴様はここで仕留める!逃がすものか!」
クライスが剣を構えた刹那。
「待ちやがれぇ!!」
ティードが怒りの咆哮を上げ、ショットガンを構える。
「俺の死体をよくも利用してくれたな、クズども……!」
だが――その刹那、メントとヴェンデッタの身体は宙へと浮かび、空に浮かぶ地球の方角へ飛び去っていった。
「逃がすな!!」
クライスとデジャヴも飛行魔法を発動し、その後を追う。
「チッ……エスケープ!」
ティードの姿も、閃光と共に掻き消えた。
残された悠が、空を睨む。
「奴ら、このままだと……日本で戦争を始める気だ。急いで戻らねぇと!」
「どうする気だよ……!」
焦燥をにじませ、イザが尋ねる。
「リンク!」
悠が空間を指差し、転移魔法を発動しようとしたその時だった。
「待ちたまえ、少年」
静かに引き止めたのはロイスだった。
「……何ですか、所長」
ロイスは目を伏せ、少しの沈黙ののちに口を開く。
「すまなかった。君を騙していたこと、そして……私たちが行ってきた罪を」
だが、悠は首を横に振り、まっすぐにロイスを見つめ返す。
「まずは世界を救わなきゃ。それが済んだら、珈琲でも飲みながらゆっくり話を聞かせてくださいよ」