――京都・四条河原町
市民たちが眠りについた住宅街とは対照的に、四条河原町の歓楽街はまだ灯を失わず、夜を謳歌していた。しかし、そこに響く声は、いつもの酔客の笑いではない。
無数の視線がテレビ画面に釘付けになっていた。スクリーンに映るのは、空に突如現れた“もう一つの地球”。世界は騒然としていた。
「新たな惑星の襲来から一時間が経過しました。いまだ政府からの公式発表はありません。包見さん、どう見られますか?」
スタジオに緊張した空気が流れる。司会者がマイクを向けた先、コメンテーターの包見が眉をひそめて答えた。
「この軌道じゃあ……もう一個の地球、月にぶつかっちゃうよねぇ」
別のコメンテーター・塩松が補足する。
「月の周回周期から計算して、あと六時間がリミットです。衝突すれば、地球も無事では済まないでしょう」
――その頃、内閣府。
「総理、集まった情報の開示について会見の決断を」
官僚が声を荒げる。対面に座る小林総理は深く頷いた。
「わかった。……そろそろ始めようか」
立ち上がり、重い扉を開けたその瞬間だった。
「初めまして、総理」
ドアの向こうに、異形の存在が立っていた。
「ぎゃあああああ出たああああ! エルフだああああああ!!」
間近で噂の“エルフ”を目撃した小林総理は、見苦しいほど叫び声をあげた。警備員たちが即座に銃を構える。
「動くな!」
しかし、敵は動じなかった。
「悪いけど、結界魔法を張ってる。銃なんて通じないよ」
総理が震えながら問う。
「け、けっかい……?」
「総理、君のことはどうでもいい。でも、悪いけど――死んでもらうよ」
次の瞬間、メントと名乗るエルフの口元がわずかに歪む。
「爆発魔法」
閃光と轟音。官邸は一瞬にして更地と化した。
「ヴェンデッタには、各都道府県知事の排除を任せてある。これで数時間、この国は機能を失う」
メントは姿を消し――
――次に現れたのは、生放送中の情報番組のスタジオだった。
「うわあ!! びっくりした!」
包見が驚き、司会者が震える声で叫ぶ。
「エ、エルフです! 信じられません! エルフが転移してきました!」
「すまないね。この番組を少し借りる」
メントは悠然とカメラの前に立ち、語り始めた。
「初めまして、人間の皆さん。私の名はメント。魔国ジーンの国王だ。残念ながら、月の周回軌道の関係で、あと六時間後に地球はもう一つの地球と衝突する」
スタジオ内が凍りつく中、メントの宣言は続いた。
「そこでだ。私は君たちに“チャンス”をやる。人類十万人、エルフ十万人。私の創り上げる惑星に、部下として住まわせよう。人間同士で殺し合うなり、話し合うなりして――選ばれし者を決めるがいい」
「惑星を創るには膨大な魔力と酸素が必要だ。この京都に眠る人間とエルフの“生気”を、それに変換させてもらう」
メントが語る惑星創造のプロセスは、狂気にも似た論理だった。
岩石魔法で球体を造り、草木を生やし、魔法で建物を築く。水魔法で海を作り、生物を養殖。そして――命を、酸素と魔力へと変換する。
「決まったら、京都に集まれ。歓迎しよう」
メントは言い残し、スタジオを出ると、外へと歩き出した。
テレビ局の外――
「動くな! 貴様は包囲されている!」
京都府警の警察隊がビルを完全に囲んでいた。メントはわずかに目を細め、肩をすくめた。
「見ればわかるだろう。どけよ、警官ども」
ズドドドドッ!
一斉に火を吹く銃口。だが――
「だから言ったろう、意味ないって」
メントの身体に銃弾は当たっても、傷ひとつつけられなかった。
「氷結魔法・ロック」
空気が変わった。突如として吐く息が白くなり、警官たちが足元を見下ろした刹那、氷が駆け上がるように全身を覆っていく。
「う……わああ……!!」
声が凍りつく前に、彼らの身体は完全に氷に閉ざされていた。
その直後――
「全国の都知事を殺してきたわ。もう、いいかしら?」
現れたヴェンデッタが訊くと、メントは頷いた。
「ああ、始めよう」
「――死体操術」
ヴェンデッタが詠唱すると、過去に死した一万名の兵士と海賊たちの白骨遺体が、次々と地中から這い出てくる。
骸骨たちが夜の京都に散り、市民たちに襲いかかる。
「きゃああああああ!!」
赤い悲鳴が、夜の街に響き渡った。
――そのときだった。
「……追いついたぞ。クソ野郎め」
空を裂くように、一筋の光が差す。
クライス、そして“デジャヴ”の戦士たちが飛来し、地に降り立った。
メントとの、正真正銘の最終決戦が、いま幕を開ける――。