前作で封印された“ナオ”の祠から50年後。
祠は“語り部の象徴”として残されていたが、都市開発により「民俗資料」として解体対象に。
忘れられようとする記憶、知らず壊される封印。
そこに現れる「名を知る者」の末裔たち――
“忘れられた名前”が再び現代に呼び戻されるとき、
因習は都市にまで染み出す。
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夜明け前の灰名山――風は重く、雲は低い。
建設機械の警報音が、谷にこだましていた。
「この祠、今日で取り壊しだってさ。ほら見て、“立入禁止”の札ももう撤去されてる」
空良がスマホを向けて撮影する。レンズ越しに、祠は冷たく佇んでいた。
「でも……なんか変じゃない? そもそも、ここに祠があったって記録も地図も、何も残ってないのよ。なのに、現場監督が“ここだけ手を付けるな”って……変でしょ?」
理紗が、赤茶けた柱に手をかけながら言った。
「だからさ、それを調べるのが“課題”ってわけ。民俗ゼミ、テーマ『未記録宗教建築の実地調査』――ね」
夏音が呑気に笑う。
彼女たちは大学のフィールドワーク調査でこの村を訪れていた。担当教授が「気になる遺構がある」と提案してきたのが、この灰名村の山中だったのだ。
ただ、祠の周囲には、奇妙な静けさが漂っていた。
風は吹いていない。虫の音もない。森の奥から、何かがこちらを“見ている”ような気配――
「……これさ、“祟り系”とかじゃねえよな?」
空良が軽く笑いながら言った時、ふと、誰かが背後に立った気がした。
振り返ると、そこには老婆が立っていた。
服は古び、手には編み笠。年齢はわからない。顔は……見えない。
「……その祠に、名はあるのかい」
老婆が、ぽつりと問いかけた。
「……名?」
理紗が聞き返すと、老婆はゆっくりと首を振った。
「名を、忘れるな。名を壊すな。……“それ”は、いまも、名前を待っているよ」
そう言い残し、老婆は、霧の中へと消えた。
空良が乾いた笑いを漏らす。
「なに今の、地元演出? ウケるんだけど」
「……ウケないよ。あの目……たぶん、“ほんとうに見てる”目だった」
慶悟が小さく呟いた時、風が一瞬だけ逆巻いた。
――その風の中、祠の屋根の上で「風鈴」が、たった一度だけ、鳴った。