祖母が死んだのは、初雪が降る三日前だった。
親族が集まり、白い煙の上がる屋敷で、誰もが口を閉ざしていた。
誰も泣かなかった。誰も語らなかった。
それは、喪に服していたからではない。
語ってはいけないことがあると知っていたからだ。
屋敷の奥、使われていない座敷の床の間に、一枚の古い巻物が掲げられている。
誰もがそれを見ないふりをした。
だが悠真だけは、それをじっと見つめていた。
そこには墨で大きく、こう書かれていた。
──封ぜし者に、名を告げるなかれ
──名を継ぐ者、己を捨てよ
──祠の声を、振り返るな
葬式の夜。悠真は、祖母の部屋に忍び込んだ。
部屋の片隅には、鍵のかかった引き出しがあり、その中には何枚もの「手紙」が封筒に収められていた。
すべて、差出人はない。受取人も書かれていない。
けれど封を切ると、全ての手紙には一言だけ、同じ文が書かれていた。
──わたしはまだ“ここ”にいます。
その夜。
屋敷の裏の山から、「風鈴の音」が聞こえた。
冬だというのに、風はなかった。
けれど音だけが、澄んで、鳴り響いた。
チリン……
悠真はその音に導かれるようにして、裏山の祠へと向かった。
家の裏の石段を百段ほど登ると、小さな苔むした社がある。
それが「封じの祠」と呼ばれていることは、昔から聞かされていた。
中を覗くと、そこには木の札が一枚、差し込まれていた。
“祖母の名前”が記されていた。
けれどその札は――割れていた。
「……バアちゃん?」
音もなく、祠の奥から風が吹いた。
そして、何かが……名を呼んだ。
──ゆう、ま……