祠が壊されたのは、突然だった。
重機が入ったのは予定日より三日早く、誰もその場に立ち会っていなかった。
榊るりはそれを“知った時”より、“知らなかった間”の方が怖かったという。
「祠、壊れましたけど、中から何も出ませんでしたよ」
役場の担当者がそう言ったとき、彼女の背筋に冷たいものが走った。
――何も“出なかった”?
封印とは、“何かを閉じ込める”ことだ。
だが、そこに“何もなかった”のだとしたら――
私たちは、何を何百年も“閉じ込めていた”つもりだったのか?
それを確認するために、るりは旧水居家の文書館へ向かった。
村の外れにあるその屋敷は、今は空き家で、鍵は紅葉という少女が管理している。
彼女は無表情にるりを迎えた。
「祠のこと、調べたいの?」
「ええ。祠に“何を入れたのか”。それとも、“何も入れていなかったのか”」
「おかしいね。入ってないなら、壊れた瞬間、誰も怖がらないはずでしょ」
紅葉のその言葉に、るりは息を呑んだ。
「……あなた、何か知ってるの?」
紅葉は首を横に振った。
だが、その目は明らかに**「知っている人の目」**だった。
「中にあったのは、“もの”じゃなくて、“記憶”。
壊した人たちの中に、それが入った」
「記憶……?」
「うん。“思い出したら戻れない記憶”。
だから、誰も“それが何だったか”話せなくなるの」
その瞬間、るりの背中に“重い視線”が突き刺さった。
振り返ると、誰もいない。
だが――屋敷の床の間に飾られていた古い巻物が、風もないのに“ばさり”とめくれた。
そこには、墨でこう記されていた。
──記憶するな
──語るな
──思い出すな
──すべては“何もなかった”として
──村は続いてきた