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第18話 祠の中には何もなかった

 祠が壊されたのは、突然だった。

 重機が入ったのは予定日より三日早く、誰もその場に立ち会っていなかった。

 榊るりはそれを“知った時”より、“知らなかった間”の方が怖かったという。

「祠、壊れましたけど、中から何も出ませんでしたよ」

 役場の担当者がそう言ったとき、彼女の背筋に冷たいものが走った。

 ――何も“出なかった”?

 封印とは、“何かを閉じ込める”ことだ。

 だが、そこに“何もなかった”のだとしたら――

 私たちは、何を何百年も“閉じ込めていた”つもりだったのか?

 それを確認するために、るりは旧水居家の文書館へ向かった。

 村の外れにあるその屋敷は、今は空き家で、鍵は紅葉という少女が管理している。

 彼女は無表情にるりを迎えた。

「祠のこと、調べたいの?」

「ええ。祠に“何を入れたのか”。それとも、“何も入れていなかったのか”」

「おかしいね。入ってないなら、壊れた瞬間、誰も怖がらないはずでしょ」

 紅葉のその言葉に、るりは息を呑んだ。

「……あなた、何か知ってるの?」

 紅葉は首を横に振った。

 だが、その目は明らかに**「知っている人の目」**だった。

「中にあったのは、“もの”じゃなくて、“記憶”。

 壊した人たちの中に、それが入った」

「記憶……?」

「うん。“思い出したら戻れない記憶”。

 だから、誰も“それが何だったか”話せなくなるの」

 その瞬間、るりの背中に“重い視線”が突き刺さった。

 振り返ると、誰もいない。

 だが――屋敷の床の間に飾られていた古い巻物が、風もないのに“ばさり”とめくれた。

 そこには、墨でこう記されていた。

 ──記憶するな

 ──語るな

 ──思い出すな

 ──すべては“何もなかった”として

 ──村は続いてきた

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