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第19話

 その夜、るりは悪夢を見た。

 自分が祠の中に立っている。

 天井は低く、壁は黒く煤けていた。

 足元には、“濡れた草履”が三足、無造作に転がっている。

 奥から、誰かが名を呼んでいる。

 ──るり

 ──わたしを わすれたのか

 ──わたしを はじめに おさめたのは おまえたちだろう

「……ちがう。私は、そんなこと――」

 夢の中のるりが否定した瞬間、壁の奥に“口”が開いた。

 人間の顔ではない。

 ただそこにある、“口のかたち”だけのものが、笑った。

 ──じゃあ、だれが

 ──わたしを ここに いれたのか

 目を覚ますと、寝汗をかいていた。

 時計は深夜二時を指している。

 カーテンの隙間から風が吹き込んでいた。

 外には木々がざわめいているだけ。

 けれどその音の中に、微かに混じっていた。

 ……チリン……

 まさか、と思いベランダに出る。

 音は止んでいた。

 だが、自室の机の上に置かれていたはずの風鈴が――揺れていた。

 風もない。人もいない。

 なのに、“何かに反応していた”。

 翌朝、るりは晃に連絡を取った。

 晃は今回の祠の撤去計画に携わっていた役場の若手職員で、学生時代の同期でもある。

「祠に何があったか、現場にいた人、全員何も話したがらない。

 “見てない”とか“覚えてない”とか。

 でも俺、一人だけ覚えてる人に会ったんだよ」

 晃は写真を一枚見せた。

 それは、撤去前日の祠を真上から撮影したもの。

 何の変哲もない屋根の上に、

 墨で書かれた大きな文字があった。

 ──オモイダサナイデ

「現場の誰も、これに気づいてなかった。

 いや、写真を見せても“何も書かれていない”って言うんだ」

「じゃあ、記録じゃなくて、“記憶”の方に作用してる?」

「たぶん。“見た人間”の中に、“何か”が入った。

 でも、その人たちは“記憶を保持できない”ようになってる。

 だから、“喪失するようにされてる”」

 るりは、ぞっとした。

「じゃあ私の夢は、“見ることを許された側”の記憶かも……」

 その時、晃のスマホが震えた。

 差出人は不明。だが、表示されたメッセージは一文だけ。

 ──きのう あなたが みたのは ほんとうのわたしではありません。

 晃は青ざめた。

「……これ、誰の番号だ?」

「番号じゃない。“記憶の送り主”だよ」

 るりの声が、いつになく冷たかった。

 そしてその瞬間、机の上に置いていた祠の見取り図が勝手にめくられた。

 その裏面に、墨で書かれた文字があった。

 ──次に忘れるのは、あなた


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