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第23話 うつしよの祠

「この祠を壊したら、“うつしよ”が出てくる」

 そう言ったのは、伽羅朔だった。

 深夜二時の山奥、ライトに照らされた小さな社。

 古びた注連縄、石段の苔、誰も足を踏み入れたことがないような気配。

 志乃は、その中に佇んでいた。

「……“うつしよ”って、あんたが言ってるのはつまり……?」

「“この世の裏にある世界”。仏教で言えば“裏世界”、神道で言えば“カゲヨ”。

 でもここでは“うつしよ”と呼ばれてる。“写し世”。

 言い換えれば、“今のこの世界の、写し損ね”だ」

「……幽霊ってこと?」

「もっとタチが悪いよ。“存在として未完成”なのに、“思念だけはこっち側に来ようとする”」

 漣が、静かに伽羅に被せるように言った。

「でも、それが祠に封じられてるとしたら? 俺たちが“そいつを開ける”ってことは、扉を壊すってことだ」

「そう。だから今日はその“鍵”を持ってきた」

 伽羅は懐から、木札を取り出した。

 墨で書かれた、ひとつの“名前”。

「……これは、何?」

「“写された名”。封じられていた“もの”が、かつて一度だけ人間として呼ばれかけたときの“原初の名”。

 これを読み上げたら、祠の封印は解ける」

「なぜ、それをお前が?」

「……あのとき、夢で見たんだ。“誰かが俺に渡した”。そして、俺は約束した。“戻す”って」

 漣が、わずかに首を横に振る。

「それが“罠”かもしれないのに?」

 志乃は、そっと祠の戸に手をかける。

「でも、それを確かめに来たんでしょ? “祠の中身が本物かどうか”を」

 その瞬間、祠の中から風が吹いた。

 夜の森で、風は音を伴う。

 木々を揺らし、草を震わせる――

 けれど、この風は違った。

 風だけが、祠の内から“吹き出して”いた。

「……開いた?」

 伽羅が声を潜めたとき、風の中から、声がした。

 ──ワタシヲ ミタノハ ハジメテネ

 ──ナマエヲ ヨブノハ アナタ?

 志乃の耳元で、その声が囁いた。

 そして、木札の墨が、自らの力で浮かび上がるように揺らめき始めた。

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