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第6話 皮肉を交えた仲裁

 千紗が側室たちの間に渦巻く不安や葛藤を理解し始めた頃、彼女は宮廷生活における次の課題に直面していた。それは、日々絶え間なく繰り広げられる側室同士の言い争いや小競り合いをどう切り抜けるかだった。直接的な対立を避けるだけでは、この環境を乗り越えることはできないと千紗は考え始めていた。


繰り返される口論


ある日の昼下がり、千紗は宮廷の談話室でお茶を楽しもうとしていたが、そこに現れたイレーネとリヴィアの口論に巻き込まれることになった。

「リヴィア様、また陛下に控えめな態度で近づいていらっしゃいましたわね。あのような振る舞い、陛下を惑わす皮肉を交えた仲裁ための策略でしょう?」


イレーネの言葉に、リヴィアは顔を赤くしながら反論する。

「何をおっしゃいますの?私はただ、陛下にご挨拶を申し上げただけです!」


二人の声が次第に大きくなり、談話室にいた他の側室たちも居心地悪そうに視線を逸らしていた。千紗も最初は静観していたが、このままでは場の空気が悪化する一方だと感じ、意を決して口を開いた。


千紗の皮肉な一言


千紗は笑顔を浮かべながら、柔らかい口調で言った。

「お二人とも、そんなに陛下のことを大切に思っていらっしゃるなんて、素晴らしいですね。私には到底真似できません。」


その言葉に、イレーネとリヴィアは一瞬言葉を失った。表面的には千紗の言葉は称賛のように聞こえたが、その裏には「陛下を巡って争う姿が滑稽だ」という皮肉が込められていた。


リヴィアが困惑したように口を開く。

「い、いえ、そんなことは……ただ、私は正しく振る舞おうと心掛けているだけです。」


「それは素晴らしいお考えですね。」千紗は微笑みを絶やさずに返す。「ですが、陛下はきっと、お二人が笑顔で仲良くされている姿を喜ばれるのではないでしょうか?」


その場にいた他の側室たちも、千紗の一言に頷き始めた。イレーネとリヴィアはそれ以上言い争うことができず、互いに短く謝罪の言葉を口にして席を立った。


空気を変える第一歩


その後、談話室にはほっとしたような空気が漂った。他の側室たちもそれぞれの席に戻り、何事もなかったかのようにお茶を楽しみ始めた。


千紗はその場の空気を変えられたことに少しの達成感を覚えたが、それ以上に、側室たちが互いに争う理由の深さに改めて気づかされた。


「みんな、陛下の目に留まるために必死なんだ。でも、その必死さが逆にお互いを追い詰めているのよね。」


千紗は、争いを収めるためには一時的な仲裁だけではなく、側室たちが持つ不安を少しでも和らげることが必要だと考え始めた。


次のターゲット:マーシャ


翌日、千紗は談話室で一人本を読んでいるマーシャに声をかけた。彼女は普段、何かとリヴィアに突っかかることが多いが、その態度の裏には強い孤独感が隠れていると千紗は感じていた。


「マーシャ様、本を読まれるなんて意外ですわ。」


千紗の軽い冗談に、マーシャは本を閉じながら小さく鼻を鳴らした。

「意外とは失礼ね。ただ、今日は少し静かに過ごしたかっただけ。」


「それなら、お邪魔してしまいましたね。」千紗は笑顔で椅子に腰掛けながら言った。「でも、もしよければお茶でもいかがですか?静かに過ごす時間も大切ですが、たまにはお話しするのも悪くないかと。」


マーシャは少し迷ったようだったが、やがて「まあ、少しなら」と答えた。


マーシャの本音を引き出す


千紗はお茶を淹れながら、さりげなくマーシャに話題を振った。

「マーシャ様はいつも堂々としていらして、本当に素晴らしいですね。私なんて、まだ宮廷生活に慣れなくて……。」


「素晴らしい?」マーシャは眉をひそめた。「そんなこと、誰も思っていないわよ。」


「そんなことありませんよ。」千紗は真剣な表情で言った。「皆さまの中で、一番強い存在感をお持ちなのはマーシャ様です。」


その言葉に、マーシャは少し驚いた表情を浮かべた。そして、ぽつりと呟いた。

「存在感なんて……私が無理に作り出しているだけよ。だって、そうしないと誰にも気づかれないもの。」


千紗はその言葉に耳を傾けながら、静かに頷いた。マーシャの激しい言動の裏には、自分が埋もれてしまうことへの恐れがあったのだ。


「それでも、マーシャ様はとても魅力的です。無理に頑張らなくても、きっと陛下にも伝わるはずですよ。」


その言葉に、マーシャは少しだけ柔らかな表情を見せた。


波紋を広げる千紗の仲裁


千紗がリヴィアやマーシャと個別に話をするようになったことで、側室たちの間には少しずつ変化が生まれ始めた。互いに感情をぶつけ合う場面が減り、代わりに千紗が間に立つことで話し合いの場が作られるようになったのだ。


他の側室たちも、千紗が間に入ることで争いを和らげていることに気づき始め、次第に彼女を頼るようになった。


「千紗様、またマーシャ様とリヴィア様が言い争っていらっしゃるの。お力添えをお願いできますか?」


「千紗様、私の話も聞いていただけませんか?」


千紗は面倒だと思いつつも、彼女たちの話を聞き、穏やかに仲裁を続けた。


「これも、ここで生き残るための仕事ね。」


千紗の存在は、少しずつ側室たちの間で重要なものとなりつつあった。彼女の穏やかで皮肉な仲裁が、ギスギスした空気を和らげていくきっかけになっていった――。



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