千紗が補佐官として成果を挙げ続ける中、宮廷内での評価はますます高まっていった。彼女の名は貴族たちの間で語られ、誰もがその能力を認めざるを得なくなっていた。しかし、その状況が千紗に新たな重圧をもたらすことになるのは時間の問題だった。そして、その予兆は皇帝セイラスとのある会話から始まる。
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皇帝のさらなる要求
「千紗、そなたにもう一つ頼みたいことがある。」
ある日の朝、セイラスが千紗を呼び出し、いつものように軽い口調で切り出した。
千紗はその言葉にすでに不穏なものを感じ取り、眉をひそめた。「……また厄介な仕事ですか?」
セイラスは微笑みながら頷いた。「その通りだ。」
「やっぱり。」千紗は小さくため息をついた。「具体的には、どんな無理難題なんですか?」
セイラスは少し真剣な表情に変わり、千紗に向き直った。「そなたには、これから帝国の未来を背負う役割を担ってほしい。」
「未来を背負う……?」千紗は不安そうにセイラスを見つめた。「具体的には、どういう意味ですか?」
セイラスは少し間を置いてから言葉を続けた。「次の宰相候補として、正式に準備を始めてもらいたい。」
その一言に、千紗は凍りついた。
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思いもよらぬ重責
「宰相候補……ですか?」千紗は呆然とした表情で問い返した。「私はまだ補佐官になったばかりですよ?それに、宰相なんて大役、私には荷が重すぎます。」
セイラスは笑みを浮かべたまま、しかしその目は真剣だった。「そなたがこれまで成し遂げたことを見れば、それが妥当な判断だと分かるだろう。そなた以上に適任者はいない。」
「そんなこと……!」千紗は言葉を探したが、適切な反論が見つからなかった。確かに、自分が補佐官として多くの問題を解決してきたことは事実だ。しかし、それが宰相にふさわしいということとは別問題だった。
「私にはまだ経験が足りません。それに、他にももっと優秀な方がいるはずです。」千紗はそう訴えたが、セイラスは首を横に振った。
「優秀な者はいる。しかし、そなたのように民の目線を忘れず、周囲と協力しながら結果を出せる者はそうはいない。」
千紗はその言葉を聞いて、さらに深く溜息をついた。「また厄介ごとを押し付けられる……。」
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貴族たちの反応
千紗が次期宰相候補に挙げられたという話は、すぐに宮廷中に広まった。貴族たちの間では賛否両論が巻き起こり、彼女を推す声と反対する声が交錯した。
「千紗補佐官は、これまでに多くの問題を解決してきた。若いながらもその能力は本物だ。」
「しかし、商家の出身では宮廷の最高位にふさわしくないのではないか?」
千紗はこれらの声が耳に入るたびに、頭を抱えたくなる思いだった。
「また私が話題の中心なのね……。」千紗はエリカに愚痴を漏らした。「放っておいてくれればいいのに。」
エリカは優しく微笑み、「それだけ千紗様が期待されているということですよ」と励ました。
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セイラスの期待と千紗の不安
その夜、千紗はセイラスに再び呼び出された。彼は謁見室で待っており、彼女が到着すると穏やかな表情で迎えた。
「千紗、世がそなたに期待していることを分かってくれるか?」セイラスは静かに問いかけた。
「正直、分かりません。」千紗は率直に答えた。「私が宰相候補になるなんて、誰にとっても良い選択とは思えません。」
セイラスは小さく笑い、「そなたはいつも自分を過小評価するな」と言った。
「陛下、これは過小評価ではなく、現実的な問題です。」千紗は真剣な表情で反論した。「私が宰相になれば、他の貴族たちとの軋轢が生まれます。それが帝国の安定に繋がるとは思えません。」
セイラスはその意見に耳を傾けながらも、毅然とした態度で答えた。「世はそなたがこの国をより良くする力を持っていると信じている。それだけのことだ。」
千紗はその言葉に返す言葉を失った。セイラスの目には揺るぎない信頼が宿っており、それが彼女にとって重荷であると同時に、どこか救いでもあった。
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さらなる覚悟
自室に戻った千紗は、一人で考え込んでいた。次期宰相候補として期待されることの重みは計り知れない。しかし、逃げ出すことはできないと彼女は理解していた。
「ここで投げ出したら、それこそ自分の信頼を裏切ることになる。」
そう呟いた千紗は、静かに決意を固めた。補佐官としての役割を果たすだけでなく、宰相候補としても期待に応えなければならない――それが彼女に課された新たな試練だった。
夜空に浮かぶ星を見上げながら、千紗は小さく息を吐いた。
「私にできることをやるだけ。それがどんな結果に繋がるかは分からないけど、やるしかないのよね。」
千紗の胸に灯る覚悟は、次なる章への序章となる。宮廷内での波乱はまだ続く――。