目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話 ボコボコに言ってくる親代わりのおっさん

「あーむしゃくしゃする!誰がどう見てもおもろいだろ!!!」


 ブツブツと紡ぎながらやって来たのは緑のない公園。

 昔話では子どもが遊び回る聖地としておっさんに話されていたが、今ではそんな面影は微塵もなく、あるのは古びたブランコと滑ればお尻に刺さりそうになる錆びた滑り台だけ。


 そんな”楽しい場所”とはかけ離れたところで、頭を冷やすために俺はベンチに全体重を預けていた。


「ここに居たのか。いきなり飛んでいくんじゃない」


 グデーっと天を仰いでいれば、不意に視界に映り込んでくる老いぼれの面持ち。

 数ヶ月前はよくお世話になった顔だと言うのに、今では煩わしさすら感じる。


「ほっとけほっとけ。なんの用かは知らんが、俺はもう他の道見つけたんだ。誰がなにを言おうが戦うつもりはないぞ」

「寝言は寝て言えとはこのことだぞ?民は神東しんとう蒼真そうまの力を待っているんだ」


 呆れ混じりに吐き捨てる老いぼれが腰を下ろすのを横目に、また別のことを思ってしまう。


(金持ちかよ)


 貧しいこの時代にも似つかず、キチッと身に纏われた漆黒の軍服は一糸乱れず身体に沿い、肩章には銀糸で編み込まれた複雑な紋章が輝いている。

 胸元には数々の勲章が静かに揺れ、そのひとつひとつが老いぼれが歩んできた記録なのだろう。


 高く立つ襟からも威厳が象徴されているというのに、隠そうともしない魔力は人によっては恐怖を怯えてしまうようなこいつは、俗に言う最高指揮官。

 それと同時に、超お金持ちのおじさん。


「はぁ……。私がパソコンなんて買わなければこんなことには……」


 深々とため息を吐き捨てるおっさんの姿で察しただろう。

 俺の家にあるパソコンは紛うことなきこのおっさんに買ってもらったものだ。


 ネットも復旧した良い機会。俺も小説を書いてみたい。本を出してみたい。

 そんな淡い期待で始めた小説業なのだが、どんなに書いてもつくのはアンチコメばかり!


 キリッと歯を食いしばりながらも、怒りを落ち着かせるように天を仰いだ。


「東京救ってやったんだからパソコンぐらい当たり前だろ。というかサブモニターもう一枚来れ。感想来たときに一瞬で見たいんだよ」

「……東京を救ってくれたことにはつくづく感謝する。本当にありがとう」


 そうして深々と頭を下げるおっさんを横目に入れた。


 俺がこの東京を救ったのはほんの1年前。

 電波塔に蔓延る魔物を蹴散らし、それどころか辺り一帯の魔物。そしてその卵すらも燃やし、訪れた平穏は俺のお陰と言っても過言ではないだろう。


 自負するつもりはないが、俺のお陰に間違いはない。

 だからこそ、


「モニター買ってくれ。それぐらいの価値は――」

「無理だ。もうおまえに金は出さん」

「へ?」


 自分でも分かってしまうほどの情けない声が口から溢れてしまった。


 それほどまでに、このおっさんが言ってる言葉の意味が分からなかった。というか、俺の食費とか家賃を払ってくれているのはこのおっさん。


 俺の解釈があっているのならば、『金は出さない=生活費を払うつもりはない』という認識。

 つまりつまり、俺の生活がピンチってこと!?


 1秒にも満たない思考回路でそこまで辿り着いた俺は、勢いよくおっさんの肩を鷲掴みにした。


「どういうことだ!俺に死ねって言ってるのか!?」

「言っとらん。自分で稼げと言ってるだけだ」


 あっという間に頭を上げたこのおっさんの顔には情なんて持ち合わせていなかった。

 真顔が目立つ顔に睨みを向け続けてもなお、おっさんの意向が変わることはなく、無言の時が刻一刻と流れ続けた。


「……じゃあ質問を変えよう。俺にどうやって稼げと言うんだ……?こちとらまだ書籍化してないんだぞ?ネット小説でも稼げるほどのpvは有してないんだぞ!そんな俺にどうやって――」

「ギルドに入れ」

「へ……?」


 淡々と切り捨てられた言葉に唖然の言葉を漏らしたのは紛うことなき俺。


 だってそうだろう?俺は今の今まで、ギルドを”避け続けて”いた。

 理由なんてもちろん色々あるのだが、1番はなにを隠そうから。


 ギルドで右往左往してたら受付嬢に追い出され、怒り任せに魔物を倒し続けていたらこのおっさんに目をつけられ、”国家戦力第一頭隊”に入れられたというわけだ。

 ……まぁ、俺のことを考慮したのか嘲笑っているのか、その国家戦力第一頭隊でもパーティーはいなかったんだけども……!


 よれよれと肩から落ちていく俺の手を見てか、おっさんは呆れ混じりのため息を吐き捨てながら紡いだ。


「確かに君はコミュ障で陰キャで人の感情も考えれずに自分勝手に走り出してしまうやつだ」

「お?なんだ?喧嘩か?」


 突然の罵倒にグルグルと肩を回すのだが、もろともしないおっさんは言葉を続ける。


「今言うのもなんだが、私は一度だけ君の小説を読んだことがある」


 ポツリと落とされた言葉に腕を止めた俺は、まんまるにした瞳でおっさんを見続けることしかできなかった。


 だってそうだろう?身内が俺の小説を読んだんだぞ?今となっては親代わりにもなってるやつが俺の小説を読んだんだぞ?


 ――バシッ


 叩きつけるように勢いよく顔を覆い隠す俺は、まるで恋する乙女のように悶え苦しんでしまう。


「見んなバカ!許可出してねぇだろ!というか見つけんなアホ!いやてかなんで見つけれたんだよ!?」


 紡いでいくうちにぶつかった疑問。手を離し、かっぴらいた目でおっさんを睨みつける。


 ネットが普及した今、パソコンを持つものはゲームをする人もいれば、動画をアップする人もいる。

 元々あった最先端の技術も相まってか、近頃はスマートフォンも復旧したらしいのだが、なんでもそれで動画撮影どころか、ゲーム、そして小説を書いて読めるようになったらしい。


 つまり俺がなにを言いたいのか。

 この世には幾億万……は言い過ぎだが、俺以外にも作家が居るのは事実!


(そんな中から俺の作品をドンピシャで見つけられるか!?いや!見つけられない!!)


 ガバっと再度おっさんの肩を捕まえた俺は、顔を寄せて言葉で詰め寄る。


「俺の部屋に勝手に入ったのか!?寝てるうちにパソコンを勝手に見たのか!?それともどこかの拍子で俺が言ったのか!?」


 物理的にも精神的にも詰め寄り続ける俺を見かねたのか、はたまた呆れたのか。

 微笑を浮かべたおっさんは、俺の胸を押し退けながら小さく紡いだ。


「”とある子”が君のペンネームを見つけてね。私も不確かなまま読んだんだが、言葉的にも思想的にも君そっくりだったから確信したんだよ」

「おいごらそれ悪い意味で言ってるだろ――って誰だ!?とある子って誰だ!?」


 友達なんてまともにいない俺に”とある子”の心当たりは微塵もない。

 唯一話したことがあるのは、他県にそれぞれ居る6人の英雄のみ。その中でも随分と仲が良いのは香川の――


「あ、もしかしてあいつか?大西おおにしか?大西おおにし藍菜あいななのか!?」


 大西藍菜。唯一合ったことがあり、唯一共闘した俺にとっては協調性というものを教えてくれた……師匠的な立ち位置にしてやってる人間。

 戦力、魔力ともに俺のほうが圧倒的に上なのだが、あいつは”剣技”という技術が優れに優れまくっている。


 一応剣技も教えてもらった過去はあるのだが、魔法使いの俺に扱えることはなく嘲笑われる始末。

 それでもあいつは俺の中では友達の部類に入っている。だからこそ、手紙を送ってしまったのだ


『小説書き始めた』


 というものを!

 舞い上がっていた俺が悪いのは事実だ。あんなやつに教えた俺が浅はかだとずっと悔やんでいる!けど!見つけるか!?普通!というか言うか普通!?このおっさんに俺のペンネームバラすか!?


 コクっと深々と頷くおっさんに眉根を吊り上げる俺だが、どうすることもできずに熱の籠もった息だけを吐き出した。


「バレてるならもう好きに言えよ……。俺の黒歴史をとことん掘り続けてみろよ!それでも俺は自作品を面白いと言い続けるがな!!」


 自分でも分かってしまうほどの開き直りを披露する俺なのだが、おっさんは驚くどころか真顔を貫き通したまま。

 疑問が湧く俺とはべつに、ポツリと口を開いたおっさんは――


「君の作品は面白くない」


 あまりにもストレートな言葉にヒビが入った。

 もちろんそんなことだろうとは分かっていた。どうせ罵られるのだろうと分かっていた。


(でも!それでも!ストレートすぎる!!)


 ピシャリと固まる顔をなんとかしてほほ笑みに取り止めようとする俺だが、それは引き攣った笑みに変貌を遂げる。

 それでも俺のことなんてふる無視のおっさんは言葉を続けた。


「まずなんだい?あの設定は。べつに魔法の世界というのは良いとは思うが、捻りが無さ過ぎて面白くない。君が書いてるのは魔物と戦う主人公だけだ。だというのにいきなり出てきたヒロインはどんな見た目をしてるのかもわからんし、会話が下手すぎて童帝が丸見え。終いの果てには一緒に魔王を倒すような仲間も出てくることはなく、淡々と魔法を放っているだけ。そして誰も求めていない夢オチ。何度も言うが、面白くないぞ?心の底から」

「う、うぅ……。そんなに、言わなくても……」


 フルボッコに言われた今、涙を拭うようにグシグシと目元を擦り付ける。


 これはただの感想とは違う。

 実態のある人間の口から直接言われた言葉たち。


 それが傷つかないわけがないし、当たり前のように泣きたくもなる。

 そんな俺を見てもなおもろともしないのが……このおっさん!


 背もたれに頬杖をついたおっさんは、俺を慰めるわけでもなく悠然と紡いだ。


「君の作品に足りないのは、設定はもちろんのこと、”人との関わり”だ。現実でも人との関わりがないから文字でも人間の会話が思い浮かばないんだろう?そのためにもギルドに入るんだ」

「…………なるほど」


 ピタリと腕を止め、そう紡いでしまったのは人との関わりが少ないという自覚があったから。


 この世界になってしまった今、東京の上の奴らは子どもを生ませたがる。

 有望な子どもを生ませ、そしてこの日本に平穏を訪れさせようという企みなのだろう。


 そしてその企みは全日本人が望んでいることでもあり、案の定今もなお沢山の子供が生まれ続けている。

 そのうちのひとりが俺なのだが、なぜか俺の周りには生まれているはずの子供の姿がなかった。


 本来なら皆は学校に行くというのに、俺は学校ではなく家で見ず知らずの男に勉強を教えられるだけ。

 外に出ることも魔物討伐という名目でしか出してくれず、日光を浴びることなんて殆どなかった。


 それが功を奏してのこの強さなのだろうが、それでもやっぱり友人というものはほしい。

 小説を書く上でももちろんそうだが、ただ単に遊び仲間がほしいというのもある。


「……ちなみに、今は昔のギルドカードは使えるのか……?」

「使えるぞ。なんなら今私に『パーティーを組ませてくれ』と言ってくれれば適当に組ませることもできるぞ?」

「なんでだよ。おっさんはあくまでも最高指揮官だろ?自衛隊の」

「お?言ってなかったか?一応私はギルドマスターもしているんだ」

「……初耳だしまじで金持ちじゃん……」


 今までにそんな説明をされたことはなかったが、今回に限ってこの公言は好都合。

 勝手にパーティーを組ませてくれるのならそれに越したことはない。


(なんたって自分から話しかけに行くという動作が無くなる――)


 刹那だった。

 まるで俺の思考でも読んだかのように、おっさんが紡いだのは。


「あーいや、やっぱ神東蒼真が自分でパーティーを組んだほうが身のためだな。そこから友好関係を広げたまえ」

「嘘だろ……?」


 唖然と口を開く俺とはべつに、どことなくニヤつきを披露するおっさんは「よいしょ」という言葉とともに腰を上げた。


「それじゃあ明日にでも待ってるとするよ」


 俺の言葉なんて聞く気などないのだろう。

 そんな言葉だけを残したおっさんは、ポケットに手を突っ込んで歩き始めた。


 そんな後ろ姿に最上位魔法でも放ってやろうかと思ったが、あいつが居なくなれば困るのは自分。

 上げようとしていた腕を下ろした俺は、力が抜けたようにグデーっと背もたれに全体重を預けた。


「帰って小説書こ……」


 気分を紛らわすためにも、自分の小説が面白いと皆に知らしめるためにも、そんな言葉を吐き捨てた俺は腰を上げた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?