「あっ!この依頼いいじゃん!」
「ヒーラー探してるんですけどー!」
「すみません買取の方をお願いしたくて」
「少々お待ちくださーい!」
静寂を知らないこの場所はギルド内。
白銀の鎧を纏う強面の男性がいれば、大きなとんがり帽子を被る小柄な女性も多くいる。
小説で多く出回るケモミミと言った人種はいないが、コスプレでそのように見せかけ、ホテルに連れて行こうとする女性もチラホラ。
お金の稼ぎ方なんて人それぞれ。
やり方なんて人それぞれ。
ある程度の法律を守れば何でもして良いのがこのギルドという場所。
それと同時に、陰キャは地獄を見る場所でもある。
そしてその陰キャである俺は、ギルドの端っこで右往左往と大きな杖を片手に肩を震わせていた。
「仲間仲間仲間……。仲間を見つけるんだ……」
ボソボソと紡いだ後、手のひらに人の字を書いて飲み込む。
そうして胸を張りあげ、
「あ、あのぉ……」
勇気を振り絞って出した言葉は蚊が鳴くような小さな震えだけを残して空中に消え去ってしまった。
止めようとしていた大柄の男は目の前を横切り、伸ばそうとしていた手は情けなく宙を彷徨う。
唯一守ってくれたのは、ダボッとしたカーゴパンツが震える足を隠してくれたこと。
真っ白のTシャツから見える白い腕は見るも無惨なほどに震え散らかし、失態を冒険者に見せつける始末。
熱くなる顔を慌ててそっぽに向けた俺は、心を落ち着かせるためにも杖におでこを当てた。
「なぜだ……。これでも俺はこの東京を救った英雄だぞ……!日本の強大な魔物をできる限り潰したあの英雄様だぞ……!なぜ見向きもしない……!!」
テレビがなかった当初でも、新聞はあった。
英雄の功績。英雄の居場所。英雄の名前。どの新聞を見ても俺の名前が乗っており、どの新聞を見ても俺の顔が乗って……乗って、いたか……?
「…………確認するか」
ボソッと紡ぎ、重たい足を動かした俺は受付の隣の隣の隣にある、小さな購買へと向かった。
あいにく俺は新聞をあまり見ない。
新聞の文字を見るぐらいなら自分の小説を読みたい派が故に、新聞に自分の顔が写っていたかどうかが覚えていない。
(でも俺は英雄だぞ?東京を救った英雄だぞ?写真の一枚ぐらいはさすがに……)
木の棒に立てかけられていた茶色の新聞を1枚手に取る。
そして水魔法で若干濡らした指先でペラペラとページを捲る。
『【見出し】東京の英雄が小説にハマって働かない』
『西暦7272年現在、我が東京には平穏が戻りつつある。それは東京を救った英雄の功績が高いからだろう。だが、その英雄の現在があまりにもひどいものだった。
昨日私達、東京東23区新聞社は英雄の家に蔓延った。その際、英雄はこう発言した』
【「俺の作品はおもろいだろクソがーー!!!!!!】
『その際の光景を我が社は1枚の写真に収めた』
できれば読みたくもなかった記事から写真に視線を動かす。
そうして目に入るのは……胸を張りあげて天に向かって叫ぶ俺の姿。
下から撮影したからか、顔は全く持って見えない。
それでもこの記事を書くには充分すぎるほどの写真に苦笑すら浮かべてしまうのだが、本来の目的は自分の顔写真を見つけること。
「この英雄終わってね?俺こいつに守られたの?」
「え、わかる。こんな変人に守られるぐらいなら私が私の命を守るっつーの」
皮肉じみた言葉に目尻を引き付けられながらも、次に手に取ったのは俺が電波塔を救った日の新聞。
今度は文字を見ることもなく、ペラペラと捲って写真を探し、探し……探し続け――唯一あったのはでっかい杖で隠れた俺の写真だけ。
背中いっぱいに広がる炎からは迫真が物語っている。記事にするならば満点と言えようものだが、俺の顔が乗っていない。
それからも俺は探し続けた。
自分の顔を探し、とにかく探し、新聞を捲り続けた結果――
「なんでだよ!!!」
叫びとともにバシッと地面に新聞を叩き落とした。
毎日繰り返される新聞のどこにも俺の顔写真が乗ることはなく、乗ったとしてもまるで見計らったように隠される顔面。
「そりゃ俺のことを見てもわからんわけだわ!!そりゃパーティーを組もうって引く手あまたにならないわけだわ!!!こんちくしょう終わってるぜこの世界は!!!!」
主語を大きくしすぎたからだろうか。はたまた叫んでしまったのが悪かったのか。
静寂を知らないはずのギルドに訪れたのは、絵に描いたような静寂。それと同時に、こちらに集まる視線たち。
「こちとら東京救った英雄だぞ!大胆に取材の一本でも来れば良かったじゃねぇか!いやまじでそうだな!?なんで記者は俺のところに来なかったんだよ!普通英雄の一言を貰いたいはずだろ!!」
不満を漏らし続ける俺は新聞を踏んでは蹴っては水魔法で濡らしまくる。
記者への冒涜と言われればそれまでだが、されて当然だろこんにゃろう!
「今からでも取材に来――」
刹那だった。
突然脇に腕が通され、女性の声がギルドいっぱいに響き渡ったのは。
「ギルド内で暴れるのはやめてください!あなたが”誰かは知りません”が、買ってもいないものを粗末にしないでください!!」
「……おい今なんつった……?」
「だから粗末にしないでください!!」
「いやその前だ!」
「はい!?誰かは知りませんってことですか!?もしかして自分のことが著名人だって自惚れてるお馬鹿さんですか!?あなたは無名の人間です!冒険者ギルドでも見たことありませんし!!」
「………………そうか」
心のなかのなにかがポキッと折れた音がした。
プライドが折られたと言われればそれまで。自分の知名度が全く持ってないことを知らしめられたことへの敗北感。
そんな色々を加味してでも、言いたい。
「…………べつに無名じゃないし」
尖らせた唇からボソッと吐き捨てた俺は、受付嬢の腕を払い除けて掲示板の下へと歩いた。
相変わらずに突き刺さる視線に心を狭くしながらも、それでも湧き上がる怒りに体を委ねる。
そうして1枚の紙を手に取り、数年前に作った冒険者カードとともに受付へと向かう。
「ソロで行く。さっさと受付済ませろ」
黒色の髪を靡かせる受付嬢に紡ぐ俺は、叩きつけるように依頼書とカードを置く。
急かすようにトントンッと人差し指を叩き――
「あ、あの……すみません。お客様のランクだとこの依頼は受けられないです……」
申し訳無さ。恐怖。この言葉には色んな感情が渦巻いていたのだろう。
伏せられた目元はジッとこちらを見つめてくるが、俺の顔は熱くなるばかり。
それはこの少女に恋をしたからではない。
俺が失態を犯しまくっているからだ……!!!
「そうかよ……!!」
キッと鋭い睨みを浮かべた俺は、小さく杖を振って机から紙を浮かせた。
そうして元あった場所に戻した後、まるで透明の手を扱うように雑草取りの依頼書を受付の下へと持ってくる。
これは一種の魔力操作に過ぎない。
だというのに、どよめく冒険者たちは未だに俺のことを嘲笑うつもりなのだろう。
なんとかして赤くなる顔をこらえる俺は、未だに戸惑う受付嬢がハンコを押したのを横目に、依頼書とギルドカードを手にとって足早にギルドを後にした。
相変わらず突き刺さる視線は何度も俺の心を抉る。けれどそのたびに強く思った。
(絶対に見返してやるからな!!!)
英雄という威厳を見せつけるために、俺はこの依頼をさっさと終わらせて小説を書く。
そしてこのギルド内で名を轟かせてやるんだ!!『小説が書ける英雄』ってことをな!!!