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第4話 たんぽぽさんたんぽぽさん。あれは助けるべきですか?

「薬草……薬草……」


 カーゴパンツにくっつく引っ付き虫を身に纏いながらも薬草を探し続ける。


 東京から離れ、やって来たのは未だに魔物が蔓延る千葉県。

 昔は東京にも負けない都会だったと聞く千葉県だが、遊園地が東京に乗っ取られたり、隣に東京があることで影が薄まってしまったという不憫な記述が残っているらしい。


 果たしてそんな事実が定かなのかどうかはわからないが、傾いた歩道橋とビルの数々。そしてショッピングモールを見ればその都会さが見て分かる。


 魔物が到来してから数千年が経っているせいでコンクリートには草や苔が生い茂っているものの、かなり復旧している東京とはまた別の新鮮さがここにはある。


「ここら辺は取り尽くされたか……?」


 ボソッと吐き捨てる中、俯きながら黄色が目立つ薬草を探し続けた。


 現在俺が探している薬草というのは、日本だったらどこにでも生えている”たんぽぽ”。

 どうやら昔は普通の花として扱われていたようだが、この人類に魔力を授かってからは、どうやらたんぽぽも進化したらしい。


 もとよりビタミンが豊富だとかミネラルがあるだとかわけのわからんことをおっさんから聞かされたが、昔と違ってたんぽぽは有能。


「それに根っこの部分はごぼうみたいで美味しいからな。葉と花だけ提出して根っこは食っちまうか」


 グヘヘと下品な笑みを浮かべながらも、重たい杖を引きずりながら歩く。


 ――ドゴンッ


 そうして辺りから聞こえてくるのは爆発音。

 思わず駆け出してしまいそうになる足だったが、寸前のところで踏みとどまる。


「……俺の依頼は薬草集めだ。魔物討伐じゃない」


 ビルの隙間に見える白い煙を眺めながら、小さなため息を吐き捨てる。


「さて。たんぽぽ探すか」


 そんな言葉を吐き出せば、刹那に聞こえる爆発音。

 男の怒声とともに聞こえてくるのは金属音。


 薄っすらと見える魔力からは5人ほどのパーティーメンバーがいることを伺えるが、動いているのは精々2、3人程度。


「ありゃ負けるな」


 この大きなビルを挟んだ先で彼らは戦っているのだろう。

 仲間を守るために生死の瀬戸際に立たされながらも、出せる限りの力を振り絞っているのだろう。


(あまりにも哀れだ。哀れすぎて哀れだ)


 そんなことを考えながら、やっとの思いで見つけたたんぽぽを掘り起こし始める。


 魔法使いというのは、”他人の魔力を見ることができる”。

 そして、パーティーメンバーのひとりに絶対いるのが魔法使いという役職。


 ビルを1つ挟んでいるとはいえ、俺の魔力はあの最高指揮官10人以上の力に匹敵するもの。


 故に、近づきでもすればすぐに気づいてくれると思ったのだが……まぁ、魔法使いはもう死んでるんだろ。

 それか探知できないほどに魔力を使い果たしたのか。


「おっ、抜けた抜けた」


 ポンッという音とともに長い根っこを地上に出したたんぽぽは、太陽に当てられてか、とんでもない輝きを有していた。

 久しぶりに見る鮮やかさに目を輝かしてるのもつかの間、


「お?」


 花びらが揺れるとともに、隣りにあったはずの

 ものすごい砂埃を立てながら崩れていくその光景は、魔物が現れた当初に撮られた動画と全く一緒のもの。

 つまり、このビルを崩したのは人間ではなく、紛うことなきの魔物というわけであり――


「ガァァアアァァアァ!!!!!」


 鼓膜を突き破ってしまいそうな叫びがたんぽぽを揺らし、辺り一面を舞っていた砂埃が一瞬で吹き飛ばされた。


 見た目という見た目と言えば、漆黒のただそれだけ。

 今回の魔物は角が生えて四足歩行だが、中には角も生えてなければ二足歩行のものもおり、なんなら人間と大差ない姿形をする魔物だっている。


 良好になった視界に映るのは、大きな爪を振りかざそうとする魔物。そして、折れた剣で仲間を守ろうとする鋼の鎧を身に纏った男。

 意識のあるやつらも逃げようと試みるものの、力を使い果たしたのだろうか。


 まともに動かない足からは震えが伺え、ただ泣きじゃくることしかできないでいた。


「なぁたんぽぽよ。俺はこれから9人のおまえを探さなくちゃいけないんだよ」


 男が魔物の攻撃を防ぎ続ける中、曲げた腰で薄情にもたんぽぽと会話を続ける。


「あいつら助けるべきかい?一応ギルドには『人の魔物を横取りするな』っていう掟があるんだけど」


 すぐさま俺が助けに行けなかったのは、正直この掟がひどく関係している。

 実際に俺はしたことないが、この東京にいるSランク冒険者の魔物を奪ったやつが死んだ事例を知っている。


『死ぬってなんだよ!』って思ったのだが、この世は実力社会。

 奪ってしまったのなら、負けじと自分の意志を貫き通し、勝負を挑まれても負けてはならない。


 ある程度の法律はあれど、この世は自分さえ良ければなんでも良い世界だ。

 つまり、あいつらを助ける義理なんて俺には――


「――助けるべきだよ」


 ふと聞こえてきたのはたんぽぽから。

 思わず目を見開いてしまう俺なんて見えてないのか、はたまた気にしていないのか。


 どちらにせよ、たんぽぽは言葉を続けた。


「蒼真は人々を救えるほどの力を持っているじゃん。もしこれが横取りだと訴えられたのなら、その力で踏み潰せばいいじゃん」

「いやでも、もし横取りだって騒がれたら俺が冒険者ギルドに居れなくなるぞ?」

「君は英雄なんでしょ?あの最強と名高い魔法使いなんでしょ?ギルドはその実力を買って居場所を残してくれるよ」


 まるで悪魔の囁きとも言えるその言葉たちは、天使のような女の声。

 誰かが近くにいるのかと首を回してみるが、どこにもその実態はない。


「じゃあもし、俺がギルドに居れなくなって、稼ぎがなくなったらたんぽぽが養ってくれるのか?」

「いいよ?」


 即答だった。

 あまりにも即答すぎたその言葉を聞き、俺は豆鉄砲を食らったような表情をしていると思う。


 だってもしこのたんぽぽが養ってくれるというのなら、俺には小説を書き続ける日常が舞い降りてくるということ。

 願ったり叶ったりじゃないか?嬉しい限りのことじゃないか?


 まるで肩を鷲掴みにするように、たんぽぽの葉っぱを掴んだ俺はズイッと顔を寄せて紡ぐ。


「その言葉に嘘偽りはないな?」

「嘘偽りはないよ。私が養ってあげる」

「よしキタコレ。ちょっくら助けてくるわ」


 これからの安泰が約束された今、そっと地面にたんぽぽを置いた俺は、軽くなった身と心とともに腰を上げる。

 そして、大きな杖を構えた。

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