星のように輝く瞳が腰を上げ、私よりも大きい杖を構える蒼真くん。
情けなくズボンに纏わりつく引っ付き虫には失笑を浮かべてしまいそうにもなるけど、ただ無言で見守るだけ。
あ、自己紹介が遅れたね?
私はたんぽぽ――ではなく、どこかのお偉いさんに『こいつとパーティーを組んでやってくれ』って頼まれて着いてきたただの冒険者。
本当は冒険者ギルドで話しかけようと思ったんだけどね?私が見つけたときにはなんか新聞を踏んづけていたり怒声を上げていたり、変人過ぎたから話しかけられなかったんだよね。
だいぶ変な人を紹介してくれたな?ってあのオールバックを恨みそうになったけれど、ちょっと蒼真くんも可愛いところもあるじゃん?
たんぽぽに話しかけるなんて――
「プププッ……!」
思わず出てしまった笑い声に顔を振り向かせるのは世界最強と名高い神東蒼真くん。
無機物のたんぽぽが話すわけもないのに、無粋に信じ込む蒼真くんは顰めた眉で紡ぐ。
「……笑ったか?」
「いや?気のせいじゃない?」
「はぁ……。ならいいんだが……」
まるで疑うことをしない蒼真くんはよっぽどバカなのだろう。
ギャハギャハと笑ってやりたい”透明”な口を抑え、お山座りをする私は、これから巻き起こる光景に期待の目を向けていた。
「そういやたんぽぽ?」
「たん……ぷっ、は、はい……!たんぽぽです!」
「おいごら今笑っただろ」
「気のせいじゃない?」
「いやどうあがいても気のせいじゃないんだが?何に対して笑ってんだよ」
「いいからいいから。なんの用?」
世界最強の魔法使いでも、どうやら私の
それ故の『たんぽぽ』っていう名前なんだろうけど、あまりにも滑稽すぎて……プププッ!ばっかみたい!
これ見よがしに心のなかで笑う私なんて他所に、眉間にシワを寄せ続ける蒼真くんは、疑念を抱きながらも紡いだ。
「俺のスキルは”
「八重詠?そんなスキルあるんだ」
「たんぽぽは知らなくて当然だろうな。知らなくて当然であると同時に、結構強大なスキルだから基本は使わないでいる」
スキルは人によって違う。
極稀に同じスキルを有する者も現れるけど、昔で言うところの宝くじが当たる確率と同じぐらいだと聞く。
そして、私も22年という長い年月を生きてきてるけど、一度もそんなスキルは耳にしなかった。
この人が東京を救った英雄だというのに、私は知らない。それ即ち、本当にこの人は自分のスキルを使わないでいるのだろう。
「なんでそんなこと今言うの?」
「んなもん決まってるだろ。久しぶりに使いたくなったからだ」
……つまるところ、この英雄は気分屋ということ。
私に見せつけるわけでもなく、今にも死にそうなあの人達を助けるわけでもなく、あくまでも自己満のためにスキルを発動するのがこの英雄。
一応どこかのお偉いさんからは『あいつは気分屋でマイペースだ』と聞いていたけど、ここまでとは予想外。
そもそもピンチな人を放っておいてたんぽぽと話す時点でマイペースがすぎる。
「そんなことよりも早く助けてあげたら?」
大舵を切るように、血をダラダラと流す冒険者に声を向ける。
釣られるように蒼真くんもそちらに目を向け、「さすがにか」とため息混じりに吐き捨てた。
見る限りじゃ、あそこにいる冒険者の2人はもうすでに命を落としている。
蒼真くんが助けなかったから死んだのではなく、あくまでも自分たちの力不足で死んだ人たち。
(残りの3人はまだ息があるようだけど、出血の量を見るにそろそろ死んじゃうかな?)
膝の上に頬杖を付きながら、地面を揺らすほどの攻撃を続ける魔物を見やる。
あれは等級にしてSSランクの魔物だろう。正直私ですら戦いたくない存在に、あの冒険者たちは間抜けにも挑んでしまった。
「バカだなぁ」
ポツリと呟いた瞬間だった。
片手で杖を構えた蒼真くんは、詠唱を唱えるわけでもないのに小さく息を吸った。
「俺の前に現れたのが運の尽きだな」
ボソッと吐き出された言葉とともに、魔物の体が膨らみ始めた。
振りかざそうとしていた爪は止まり、己の体に違和感を覚えたのか、ものすごいスピードで後ろに飛ぶ魔物。
刹那だった。
バチバチバチッと音を立て始めたのは、魔物の毛穴の節々から。
ひとつひとつが一等星のような輝きを有し、金色に輝くそれはまるでイルミネーション。
目を見開くのは私だけではなく、今の今まで仲間を守り続けていた鋼の鎧を身に纏った男までも。
魔法使いだから分かる。
いや、魔法使いだからこそ、あの”恐怖”を身をもって体験できた。
魔力というのは、体内を流れる血液のようなもの。
一定の量を超えてしまえば魔力過多を起こすし、一定の量を下回ってしまえば魔力枯渇を起こす。
今となっては当たり前だと言わんばかりの事実だが、今あの魔物に起こっているのは魔力過多の方。
魔力過多のしんどさなんて、魔法使いである自分たちがよく分かっている。
よく分かっているからこそ、魔力過多を起こさないように魔法を使い続けるのが魔法使いという存在。
「ガァァアアァァアァ!!!」
魔物も魔力過多の対処法を知っているのだろう。
大きく開けた口からは漆黒の魔法を生み出し――
「アガッッ!?」
途端にその口が閉ざされた。
唖然とする私を見てか、口を抑える犯人が言葉を紡ぐ。
「こちとら八重詠のスキルなんでな。魔力供給と
この世の魔法に詠唱なんて無い。
魔法に必要なのは想像力だけ。
魔法にどんな名前がついていようが、誰が発明しようが、使えるのは想像力がある人間のみ。
そして今、私の目の前にいる世界最強は圧倒的な想像力を有している。
魔力供給はもちろんのこと、魔力で人の手を作り、遠距離にいる物体を鷲掴みにするほどの想像力が凡人にできるだろうか?
少なくとも私はできない。それこそ魔力枯渇が起こり得る可能性があるのが魔力供給だし、魔力を具現化させる魔法。
その2つを同時に使う人だ。
とんだバケモノだし、願わくばもう二度と関わりたくない人間でもある。
不敵な笑みを浮かべる蒼真くんに苦笑を浮かべる私は、抜かした腰を引き釣りながら後退り。
魔物が遠くにいるからまだいいものの、このまま魔力を供給し続けていれば、あの肉体は爆ぜる。
「もしまだ魔物がいるのなら、これを見て逃げることだな」
ほかの魔物に問いかけるほどの余裕を持ち合わせている蒼真くんが力強く杖を握れば――バチバチバチっと音を立てていた魔物の肉体から……紺青の魔力が吹き出した。
それが爆発する合図と見たのだろう。
魔掌術を巧みに扱う蒼真くんは、ボールで遊ぶかのように天高くに魔物を投げ飛ばし――
――ドゴンッ!!
どの打撃音よりも重く、どの魔法よりも膨大な魔力を纏った肉体が爆ぜた。
まるで天から舞い降りるように伸びる紺青の魔力は、街1つを飲み込んでしまうほどの大きさ。
そんな魔力を取り巻く金色の輝きを有した魔力の光達は、本当に夜を照らす一等星のよう。
もし私が遠くで見る傍観者だったのなら、この魔法に一目惚れでもしていただろう。
それほどまでに綺麗であると同時に、この魔法を扱う人と同じパーティーを組みたいと思っていたと思う。
でも、今目の前にあるのは、一歩進めば私までもが丸焦げになってしまいそうな魔法。
喋っていたたんぽぽなんてどこかへ飛んでいってしまい、情けなくズボンにくっついていた引っ付き虫はあまりの熱さに焼かれてしまった。
「……パーティー組みたくない……」
いつぞやぶりにワガママを並べる私の口には水滴が流れ――あっという間に蒸発する。
地面いっぱいに広がるアルカリの臭いすらも蒸発され、湿った下着はあっという間に乾いてしまう。
私はこの後死ぬ。
もし透明でストーカーしていたことがバレたら確実に殺される。
「まだ死にたくない……」
その言葉すらも消してしまう爆発に呆気にとられながらも、私は見てしまった。
最強の魔法使いが、悪魔のように笑っている姿を。