午前中の業務をおこなうスルーカの元へと新たなクレーマーがやって来た。今回は冒険者ではなく、依頼者側。けれど相手に問題があることはスルーカの方で分かっている。
「冒険者ギルドさん、あんたらにドブの掃除を頼んでいるのに、あんたらはまともな冒険者を派遣してくれない。それどころか、最近は不当にクエストの適正ランクを吊り上げてくる! これは職務怠慢だ!」
そう言うのは、いかにも成金といった風体をした商人の男。確か、ブドウの栽培とワインの製造で一財産を築いていたはず。屋敷に繋がる下水道を掃除しろと言ってきているのだが、問題がある。その問題をスルーカは無視できない。それは、彼女には許せないことだ。
「良いですか。商人さん。あそこには、充分に育ちすぎたスライムが居着いている。もはやあれは上位種のポイズンスライムに進化している。幸い、その魔物はテリトリーから動くタイプではありませんが、ポイズンスライムは危険な魔物です。物理的なダメージを受けず、触れるだけで体を溶かされる。それを低賃金で相手にしようだなんて酔狂な冒険者は居ませんよ」
スルーカの側からすれば、それで充分すぎるほどの説明なのに、商人の男は首を縦に振ろうとしない。何が分からないのか、分からない。スルーカはそんな気持ちだった。
「私は冒険者に掃除だけを頼んでるんだ。最近は、下水からの臭いが、屋敷にまで漂ってきて、困っているのだよ。なんとかしてくれ」
なんとかしてくれ。と言われてもね。スルーカは対処法を知っている。だがこのケチな男は上位種のスライム討伐のために適正な報酬を払おうとしないのだ。全く、困った依頼者だと、スルーカは思う。
「良いですか? この問題は、あなたが依頼をドブの掃除としてではなくて、危険な魔物の討伐としてギルドに発注すれば良い話なんです。依頼の報酬額を吊り上げるだけでも良い。そうしないから、いつまでも冒険者たちが問題を解決しないという話でしょう」
本当に、それだけの話なのに、この男は、それをしようとしない。金ならあるだろうに。悪臭に困るくらいなら、ちゃんとした討伐依頼を出せば良いのだ。それをスルーカは何度も提案しているのに、話を聞いてもらえないのでは、こちらも真面目に取り組む気持ちが無くなるというものだ。
「そこを、どうにかしろと言っているんだよ。スライムが下水道を占拠してるんだぞ。困るだろ」
「とは言われましてもね。あの辺りからは、あなた以外の苦情は出ていないんですよ。あの広い土地に、住んでいるのは、あなたの家族と使用人だけですからね。何度も言うように、こちらは、より深刻な問題にならないうちに、依頼を適正なものに変えることを提案します」
と、言っても無駄だろうなとスルーカは思った。この商人の男は自分が納得しないものにはびた一文の金すら出さないのだ。昔から、そうだった。
ところで、スルーカには気になることがある。
スライムとは、この辺りには……ウエスタニアの辺りには……生息していないはずの魔物だ。それ以外の地域には広く分布しているらしいが、ウエスタニアには居ないはず。だからこそ、この土地では、件の魔物の問題が起こるのは妙なのだ。もしや、とスルーカは考える。その考えが当たっていたなら、この男は罪を犯していることになる。探りをいれてみる価値はありそうだ。
「一応、討伐のための参考になるかもしれません。スライムについて、あなたが知っていることを教えてもらっても?」
「スライムについて知ってること? 知るもんか。こっちは魔物の専門家じゃないんだ」
「とはいえ、下水道のスライムを遠目にでも確認はしているんでしょう? あなたが、スライムが問題だと言っているんですからね」
「……ああ、まあ……遠目には確認してる」
「あなたの目で?」
「そうだ」
そこまでを確認して、スルーカは訪ねる。相手がボロを出すことを期待して。
「スライムは、何色でしたか?」
「スライムといえば、青色だろう。もしくは緑か?」
「青や緑? ポイズンスライムが?」
「あ、ああ。いや、紫色だ! ポイズンスライムは紫色のはずだ!」
スライムは通常、青色や緑色の魔物だ。そこは合っている。だが、スルーカには引っ掛かるところがあった。
「ポイズンスライムに限らず、スライム系の魔物は、接触し続けたものによって、色を変えることがあります。同じものを食べ続けると、その色に変化する。もしくは、同じ環境に居続けると、その色に変化するんです」
「それが、なんだと言うんだ?」
「……分かりませんか? 件のスライムが下水道に居座っているのなら、そいつはその色をしていないと、おかしいんですよ。本来は。ところで、あなたは葡萄の栽培とワインの製造で財産を築いていたんでしたね」
「あ……ああ……!?」
スルーカの言葉の意味が、ようやく商人の男にも分かったようだ。その顔を見てスルーカは、やってやった! と感じる。
「あくまで私の想像ですけど、あなたはスライムを密かに飼っていた。葡萄でも与えていたのでしょう? それでスライムは紫色に変化していた。そのうち、あなたはスライムを飼いきれなくなり、下水に棄てた。それでも成長したスライムは、下水道を占拠してあなたを困らせている。違いますか」
「……」
「ちなみに、外来の魔物を、自然に放つ行為は違法です」
「……」
男は黙ってしまった。数秒の間があり、男はこの場から逃げ出そうとしたが、すぐに、スルーカが「その男を捕まえて!」と叫んだ。おそらく推理は間違っていなかったのだろう。だとすれば、あとのことは憲兵に任せるべきだ。そう考えて、スルーカは大きな息をついた。