「俺が受付嬢したら、ただの女装じゃねぇか!」
「帰ってきて早々ノリツッコミして、どうしたのぉ? それとアレンお兄ちゃんおかえり〜。ところでご飯まだぁ?」
「ただいまユエ。ご飯は今から作るから待ってろ」
「お腹減ってるから急ピッチでお願い〜」
「はいはい」
「はいは一回でしょ? 可愛い妹のために料理ができるんだから、もっと感謝すべきじゃないの?」
「俺が作った料理をユエが口いっぱい頬張って美味しそうに食べると思うと、それだけで兄ちゃんは嬉しいよ」
「アレンお兄ちゃん、気持ち悪っ……!」
「いつものメスガキ発言は大歓迎だけど、本気のドン引きはお兄ちゃん、ちょっと傷つくな」
何を隠そう俺は大の妹好きである。それは、妹のユエがキモがるほどシスコンだったりする。
だからこそ、ユエを誰かの嫁にすることは俺が死んでも許さん。男の影がチラつこうものなら、俺が全力で排除しよう。
「口を動かす前に手を動かす〜」
「わかってるって」
そう言って俺は料理の準備を始めた。
ユエは腰まであるピンク髪をいつもツインテールにしている。童顔のユエには今の髪型がよく似合っている。
いや、ユエならどんな髪型だって可愛い。そして、瞳は吸い込まれそうなほど美しいルビー色の目をしている。
その視線と一度、目を合わせれば、恋に落ちてしまうほどに美しい。
そんなユエは大きなソファーでゴロゴロしている。そして、大きいクマのぬいぐるみをギュッと抱きしめている。
それは俺が冒険者になったばかりの頃、ユエにプレゼントしたものだ。
イラついたときにたまにサンドバッグにされているのを何度か見たことがある。
ぬいぐるみは俺の分身と言っても過言じゃないし、ぬいぐるみとしても俺としてもユエから殴られるのは本望だ。
どんな形でさえ、ユエから触られるだけで俺は嬉しいのだから。
そして一瞬だけでいい。ぬいぐるみよ、そこのポジション俺に代われ。
「今日も私の代わりできたぁ?」
「……あぁ」
「ねぇ、ちょっと今間があったよね。なにかしたわけ?」
「お前をナンパしてきた男に素の声で冷たくあしらった。が、一瞬だったからバレてない」
「それならいいけど」
「ユエ。そろそろ受付嬢に戻らないか? 俺も冒険者の仕事があるし、さすがに両立が難しくなってきて……」
シスコンでキモい俺でも冒険者をしている。これでも一応Aランク冒険者で、パーティーメンバーともそれなりに仲がいい。
冒険者を始めた頃は一匹のスライムを倒すのにも何時間もかかったっけ。
来月で十九歳を迎える俺も、今では立派な冒険者だ。
「は? アレンお兄ちゃんってば、風邪が治ってない私に説教する気?」
「二ヶ月も治らない風邪はすでに風邪じゃないと思うぞ。それに本当に風邪なら、そんな格好はやめなさい」
「アレンお兄ちゃん、どこみてんの? ほんとキモイんだけど」
「……」
うぉー! 痺れるような罵倒と共に氷のような視線を向けてきた。
今日も俺の妹は絶好調だな!
それよりも胸が見えそうなくらい際どい下着、いや、もしかしたら普通に寝巻きなのかもしれないが、これは非常にあやうい。
何が危ういって? ……俺の理性だよ。
板よりも板な小さい胸すらも愛おしい。本音を言えば、一緒に風呂に入りたいが、ユエも年頃だし、なによりそこのラインは超えてはいけない気がする。
シスコンとはいえ、弁えているところは弁えているんだぞ。俺、えらい。
それは今から二ヶ月前に遡る。
「ごめん。アレンお兄ちゃん……熱が高くて受付嬢の仕事がっ……ゲホッ」
ベッドで寝ているユエ。
ほんのり汗ばむパジャマ。出来ることならユエのパジャマの匂いを嗅ぎ……ゲフンゲフン。……じゃなくて、エロい。
正直、目のやり場に困る。って、そんなことを言っている場合ではなかった。
「アレンお兄ちゃん?」
「お前の仕事に穴を開けるわけにもいかないし、俺がお前の代わりに受付嬢をやる」
「でも、アレンお兄ちゃんと私じゃ体格が違いすぎてすぐにバレちゃ……けほっ」
「心配するな。兄ちゃんに全部任せろ」
と、まあ、そんな経緯があり、俺はユエの代わりに受付嬢をすることにした。
だが、ユエの代理で最初に困ること。それはユエも言っていたとおり、体格だ。
ユエは148cmと女子の中でも低めだ。
この前、十六歳になったのに未だに成長期が来ないユエは「なんで他の子みたいに大きくならないの?」と自身の小ささを嘆いていた。
低身長がコンプレックスなのは、むしろステータスだと俺は思う。
大して俺は175cmと男の中では高めのほうだ。
幸い、知り合いに闇医者がいるので、一日一錠の飲み薬で、ユエに近づけてもらうことに成功した。
だが、闇医者も俺の要望をすべて叶えることは不可能だった。
だから声だけは自分の力でユエの声に近づけるように練習した。毎日聞いてるユエの声だ。俺にできないはずがない。
そんなこんなで受付嬢当日、そんなに仕事は難しくなかったのだが、別の問題が出てきた。
ユエがモテるのは知っていた。立っているだけでも絵になる美少女が受付嬢をしていたら、誰だって声をかけたくなる。
俺の前ではメスガキ全開だ。それは家の中だけだと思っていた。仕事とプライベートは別ものだと、俺はそう思いこんでいた。
だが、ユエのメスガキ発言はギルド内ではわりと有名だった。なんなら、それを目当てに来ている冒険者もいたというのだから驚きだ。
俺がいうのもなんだが冒険者よ、仕事しろ。
ユエの代理で受付嬢をした初日はユエがメスガキだということを知らず、受付嬢のお手本のような、可憐で清楚な対応をしてしまった。
同じ受付嬢たちは口をあんぐりと開けて驚いていた。まるで聖女のようだと一日で噂になり、ユエの格好をした俺は何故かモテた。が、むさ苦しい野郎共にモテてもなんとも思わない。
そんなこんなで俺は受付嬢をしながら、冒険者の仕事も器用にこなしていった。
一ヶ月が経った頃。俺はユエに受付嬢の仕事に復帰出来るか聞いてみた。すると、ユエから返ってきたのは予想外の言葉だった。
「受付嬢って、クレーム処理とか冒険者の愚痴とか聞いてて、正直、面倒なんだよねぇ〜。だから明日からも私の代わりにやってくれる? むしろ私の格好をして、引き続き受付嬢やれるんだから感謝してよね」
俺とは目を合わせず、そう言い放つユエ。
普通の兄なら激怒するところなのだろうか。だが、俺は違う。
兄の前でもメスガキなユエ、マジで可愛い。いや、世界で一番可愛い。
俺はユエのどんな無茶ぶりにでも答えてやる。だって、それが兄ってものだから。
「大丈夫だ。俺に任せろ」
「ありがとう。アレンお兄ちゃん」
メスガキのユエがこの俺にお礼だと!? その一言だけで、今までの疲れが一気に吹き飛んだ。
こうして、今に至る。
「アレンお兄ちゃん、明日も仕事?」
「あぁ。昼に受付嬢の仕事を少し抜け出して、冒険者としての仕事をしてくるぞ」
「だったら私、アレンお兄ちゃんについて行こうかな」
「……え?」
「アレンお兄ちゃんのパーティーメンバーも気になるし。もしかして、こんなに可愛い妹を紹介するのがイヤなわけ?」
俺の反応が気に食わなかったのか、ぬいぐるみが足蹴にされている。八つ当たりするくらいなら俺も、その可愛いお足で蹴ってほしい! と思ったが、口には出さなかった。
「そんなことはない。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ」
ユエから、デートのお誘いだと!?
明日は魔物退治だし、ワンチャン、ユエが魔物に襲われて、あわれもない姿を見れるのでは? いやいや、ここは兄として妹を守らなければ……!
なんと明日、俺は世界で一番大好きなユエと魔物狩りという名のデートに行きます。