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第2話 文と業とドックタグ

「……新人賞の選考委員ですか?」


「はい。そうです。ぜひとも、南方先生にお願いしたく今回、お話させていただきました」


そういうのは、文壇社の編集部・編集者の山北達夫である。俺が新人の頃からお世話になっている顔なじみの頼れる編集者だ。


「自分に務まりますかね~?」


「いやいや、もう南方先生はウチのエースですから、大丈夫ですよ!」


「じゃあ、わかりました。山北さんの頼みです。お引き受けしましょうか」


「ありがとうございます! では、打ち合わせに入りますか」


「はい。お願いします」


出版社で打ち合わせをしたりして、小説を書く毎日。そんな中、都内の薄暗いとある一室では劇薬にも似た「小説」が生成されていた。



その文豪と呼ぶよりかは、「文業」と呼ぶべきであろう文筆家は荒々しく、薄暗い自室でキーボードを叩いていた。まさしく、その姿は文で業を背負っているような有り様であった。


「ははは! 小説なんて、ちょろいのなんのってな!」


まるで鬼神。いや、奇人のような彼女。


「必ず殺してやるからな? センパイ?」


その処女作家の傍らには、何回も読み尽くされたであろう文庫本。南方健三の処女作の「ロストヴァージン・ノベリスト」があった。


ほどなくして、彼女……喜多方南と、俺、南方健三は出会うことになる。



***


今日も俺、南方健三は出版社である文壇社へと打ち合わせに向かっていた。幸いなことに自宅から出版社までは徒歩五分圏内で、処女作の「ロストヴァージン・ノベリスト」の売れ行きと相まってか、編集者の山北さんと顔を合わせる機会が比較的多かった。文壇社は、三十階相当のビルまるまるが本社で、他の大手であるYAMAKAWA等と比較しても、見劣りしないくらいには立派だ。


文壇社にもうそろそろ着きそうだなという頃であった。いずれ、自身を殺すであろう暗殺者もとい、新人作家と出会ったのは。とにかく急いでいるような様子だったのを今でも鮮明に覚えている。そして、あの小説のタイトルも……。



「ストン」という雑踏の中では比較的小さな音とともに、原稿らしきものを目の前の少女が落とす。それを見て見ぬふりもできようがないので、


「……あの~! お嬢さん。これ落としましたよね?」


「…………ッ!!!」


「小説家殺し。」と見慣れないフォントで表題された分厚い原稿。それを落としたのは、金髪にカラーコンタクトを入れた少し化粧の濃い少女であった。見た目から察するにギャルか女ヤンキー、レディースとか浮かぶくらいの少女で、その容姿は悪目立ちしていた。とても小説を書くようには見えないが……。


「…………ッ」


「パシッ」という紙の擦れる音を立てながら原稿を受け取る彼女。


「……あぁ。君ので良かったよ」


「……落としたままにすれば、命は助かっただろうに。馬鹿なヤツ……」


「……えっ? なんだって?」


「……な、何もねぇよ。ありがとな先生」


そういいながら、その場を後にする彼女。


「小説家殺し。……か。どんな小説だろうな」


このときの俺は浅はかにも、事の重大性を理解していなかった。クリエイターという生き物は、古木のように脆く・弱く、それでいて非常に燃えやすいものであるということを。


「……あれっ? そういや、俺が何で先生と呼ばれたんだ? そう呼ぶのは、同業者か編集者くらいのものじゃ……」


一抹の不安と謎が脳裏を過る。しかしながら、この時は気にも留めていなかった。いずれ、自分自身━━ライトノベル作家・南方健三が「小説家」として「殺される」とは思いもしなかった。


「まぁ、いいか。深く考えても意味ないだろうし」


この時までは、俺は小説という無限に広がる荒野。文字の戦場へと立ち入ることを許されていた。


「さぁ、帰って原稿だ━━!」


あの小説から伝わってきた熱量と仄かな怒りと、殺意と、そして乙女心のような感情。「撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけだ」といわんばかりに、「書いていいのは、書く覚悟のあるやつだけだ」とあの原稿に最後通牒を突きつけられるまでは。それまでは、確かに俺は小説という文字の戦場で戦う兵士(ソルジャー)だったのだろう。



それからしばらくして、俺は被弾し、致命傷を負うこととなった。


依然として俺の戦いの証。ドッグタグは未だに見つからない。


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