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第4話 ライトノベルの魔王

「魔王」が完成してから、しばらくは誤字脱字がないか確認をしていた。そして、翌日に編集の山北に見てもらうことにした。もちろん、喜多方南も同伴で。


「よっ! センパイ!」


「お久しぶりです。南方先生」


「久しぶりだな、南。それと、山北さんもお久しぶりです」


手短に挨拶を済ませて、さっそく本題へと話題を進める。


「それで、これが原稿なのですが……」


「……センパイの新作か!!!」


「……これはなかなかに分厚いですね」


三者三様の反応を示す両者。それもそうだろう。文壇社のフォーマット、42文字×34行で換算して300ページほどの大長編だ。驚くのも無理はない。


「では、読ませてもらいますね」と読み始める山北に対して喜多方南は。


「あっ! ズルい! 私にも読ませろ!」と地団駄を踏む。当然ながら、それも想定している。


「ほれ! お前はこっちだ」


あらかじめ二部刷っていたものの片割れを手渡す。


「おっ! 流石、パイセン!」


 ペラペラとページを捲りながら、


「魔王か~。センパイ気取ってるな!」


 軽口を叩く彼女。


「まぁ、読んでみろよ」


「りょーかい!」




それから二時間半もの間、編集部の一室は微かな息遣いと、紙の擦れる音しか聞こえなくなった。



***


「「………………」」


沈黙する編集者と新人作家。


「……どうでしたか?」


相対するは魔の王を生み出した小説家……南方健三。


「「…………………………」」


「???」


「……スゲェよ! センパイ!」


「……はい! 間違いなく最高の小説でした!」


二人の顔には笑顔が浮かんでいた。この小説……「魔王」は勇者たちに倒される前の魔王が魔の王になるまでの物語で、普通に書いたならそこまでのカタルシスは得られなかっただろう。


職人としての技術力と初期衝動の純粋な爆発力の掛け算で生み出した小説。当然ながら、普通の書き方ではない。下手をすれば空中分解した可能性もるかもしれない代物もとい、傑作。それを可能にしたのは南方健三の「執念」と呼べる不屈の精神と闘志があったからであろう。間違いなく超一流の小説。ライトノベルでありながら、ライトノベルにあらず。それこそ、文学史すらも上書きにして過去のものにしてしまえそうな出来映えだった。


「シューベルトの魔王のように、南方健三の魔王か……」


感慨深く呟く喜多方南。


「ぜひとも、これは出版しましょう……!」


「はい! 喜んで!」


これが出版されたら、実に数年ぶりの新刊になる。ずいぶんと読者を待たせた。それに彼女もこうなることを望んでいたのだろうか。


「……センパイ」


「なんだ?」


「……おかえりなさい」


「!!!」


 普段と違う彼女の優しそうな声に少しだけ驚く。


「……それと、悪い。山北さん、少し用事ができたから帰らせてもらうぜ」


「は、はい」


「……じゃあな、センパイ」


「あ、あぁ」


「それと最後に一つだけいっておくぞ」


「ん?」


「……魔王を倒すのは古来より、勇者の役目だってな!」


「!!!」


それは、メタファーとも宣戦布告とも受け取れる言葉だった。


「じゃあ、これで」


「お疲れさまでした」


「お疲れさま」


 最後に見えた彼女の横顔は牙を剥き出しに嗤っているようだった。


「……これはまたひと悶着ありそうですね。南方先生」


「そうですね。彼女ならおそらく、口だけでなくペンで語るでしょうから」


「どうなりますかねぇ」


「わかりません。でも、一つだけ言えることがあるとすれば、彼女は戦場へと赴いたのでしょう」


かつて、ある者は書くことは生きることだといった。その反対にある少女は、書くことは殺すことだといった。相反する二つの主張。盾と矛のように矛盾し合う二人。生きるために戦場に赴く彼と。自分が生き残るために戦場で殺し合う彼女。主張や思想は違えど、向かう先は文字という弾丸と弾頭の飛び交う原稿(せんじょう)だ。案外、二人の考えは本質的には同じようなものなのかもしれない。



「カタカタカタカタ!」と薄暗い部屋で打鍵音が反響し合う。新人作家・喜多方南はいつも闇の中で光を探す。


「……あんな小説を書くなんてな。センパイ」


今書いている小説は、南方健三の小説……「魔王」にインスピレーションを受けて書き出したものだ。いうなれば、後日譚。いわゆる、アンサー小説。タイトルは既に決まっている。


「センパイが魔王を書いたなら……」


「私が書くべきは……!」


ファンタジーにおける魔王とは絶対悪だ。本来なら南方健三とは題材的に極めて相性が悪い。しかしながら、彼はそんな条理を一切合切振り払ってあれほどの作品を完成させた。ならば、私は一時の間は「絶対的な正義」になろう。古来より魔王を倒すのは勇者だけだ。


「………………!!!」


相反するテーマと自分の持つありったけの感情を極めて高いレベルでかけ合わせる。これから創り出す小説はただのアンサー小説ではない。魔王と対になる小説。すなわち……。


(……タイトルは『勇者』)


(そして、出版するとすればセンパイの後……!)


(対になるアンサー小説……!)


時間感覚すらわからなくなりそうなくらいの領域で猛進する。


(…………必ず魔王を倒す!)


(それが勇者だ……!)



『書くことは生きることだ……!』



(そういや、そんなこといっていたっけ? ははは!)

(書くことは殺し合うことだと思っていたけど、案外生きることなのかもしれないな……)


それから、私は二週間。センパイの「魔王」の発売日まで書き続けた。



タイトル「勇者」 作・喜多方南(文壇社発刊)



後に南方健三の「魔王」と。喜多方南の「勇者」は文壇社の歴代重版数のレコードを軽く凌駕し、塗り替えたライトノベルとして話題になる。

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