俺の久しぶりの新作。小説家・南方健三としての新刊━━「魔王」は飛ぶように売れていった。そして、魔王にインスピレーションを受けた彼女……喜多方南の新たな小説。「勇者」も魔王に比肩する勢いで売れていったのだが。ただ一人。それをよしとしない人物がいた。
「……はじめまして」
「おう。はじめまして。東方あんな先生?」
「………………」
張り詰められた空気の中、二人の女流作家が向かい合う。そんな二人の仲介役を担うはずだった俺もこの空気にあてられて黙して語らず(?)であった。
「新刊……。売れているようですね。この女狐……!」
「おいおい。女狐って。私は腹芸が苦手だぞ?」
「…………」
こうなったのには勿論、理由がある。端的にいうと、あんなが喜多方南に一度会って話をさせてもらいたいということらしい。まぁ、このことに関しては薄々察しがついていたが……。
「で、単刀直入に聞きます。貴方は先輩とどんな関係なんですか?」
「……まぁ、先輩後輩の間柄だよな。センパイ?」
「……そ、そうだな」
「でも、貴方の新刊の勇者は明らかに先輩の影響を受けていますよね? 明らかにただの先輩後輩ではないと思いますがどうなんですか?」
「……ふ~ん。なるほど。東方先生は先輩のことが好きなんだな?」
「そ、そうですが、なにか問題でも? というか、質問に答えなさい!」
少し頭に血が上っている様子のあんな。このままではにっちもさっちもいかない。
「……じゃあ、こうしたらどうするんだ━━」
「ギュッ」という擬音が聞こえそうな勢いで俺の腕に胸を推し当て、くっつく喜多方。
「━━なっ……!」
「おっ、おい! やめろ! 南!」
「え~! 満更でもないくせして照れるなよセンパイ!」
や、やばい……! 童貞イコール年齢のチェリーボーイにこれは、劇薬だ! いや、毒かもしれない。
「ほれほれ! センパイ!」
「だから、離せって……! 早くしろ!」
「……や……」
「ん? どうした? 東方先生?」
明らかに煽っている様子の彼女。どうやら、小説の腕だけでなく、アジテーターとしての才覚もあるらしい。
その様子に「ギリッ」と歯を噛み締め、睨みつける東方あんな。
「……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「じょ、冗談だよ。はい。離れたからあまり睨みつけるなよ。おもちゃを取られた子供じゃあるまいし」
「はぁ、はぁ……!」
肩で息をするほど激昂した彼女に少しだけ萎縮した様子の喜多方。
「や、やっぱり先輩を狙う女狐か……!」
「いや、確かにセンパイはそれなりにカッコいいけど、狙ってはいねぇよ。安心しな」
「本当ですね? 今の言葉、確かに聞きましたから」
「あぁ。で、センパイはさっきから黙っているけど、何かしらないのか?」
話題が俺の方に飛んでくる。思わず黙っていたようだ。
「……一応、言っておくがあんなのことは結構前に告白を断っているんだよ」
「…………」
「何でだ? 理由はないのか?」
「……そ、それは……」
「答えてやれよ。女の前でくらいシャンとしろよ!」
「前ははぐらかされましたけど、答えてください。先輩……!」
どうやら、逃げるのコマンドは封じられたようだ。腹を割って話すしかない。
「……簡単だよ。俺が男として自信がないからだ。それに、あんなにはもっといい男がいるかもしれないだろ。それが理由だ」
「……ざ……な……!」
「……ふざけんなっ! センパイ! 女が求めているなら答えてやるのが男だろ! 本当にあそこまでもEDになっちまったか?」
「ガッ!」と力任せに俺の首元を鷲掴みにする彼女。
「……仕方ないだろ。あんなは顔が良いし、スタイルだって抜群でその上、性格も良い。俺には勿体ないよ」
「だとしてもだ! センパイがそれに引け目を感じる必要性はないだろっ!」
さらに、俺を絞め落とすかの勢いで力を入れる喜多方。
「……もういいですよ。それくらいにしてあげてください。喜多方さん」
「で、でも……!」
「いいんです。先輩の本音が聞けたから」
「そうか。私は興が冷めたから、もう帰るぞ」
そういいつつ、帰りの支度をする女流作家。
「お、おい! もう帰るのか?」
「だから、興が冷めたっていっているだろ? 察せよな。じゃあな、センパイ。東方先生」
「お、おう。じゃあな」
「…………」
瞬く間に静まり返る部屋。普段はもう少し話すのにあまり会話が弾まない。それどころか、何故か緊張する。
「…………」
「…………」
何かを言いたそうな感じの東方あんな。どちらかといえば、普段は言いたいことをはっきりいう性分の彼女だ。しかしながら、今回はいつもと違う。
「…………」
何かの覚悟を決めるかのような。何か一歩を踏み出そうとするかのような。
「……せ、先輩」
「な、何だ?」
「……私を抱いてください」
「……えっ?」
「……お願いします」
そういいながら、布の擦れる音を立てながら脱衣していく。
「え、えっ! ちょっと待て!」
「待ちません」
どんどんと服を脱いでいく彼女。いつの間にか下着姿の彼女に距離を詰められる。
「……電気消しますね」
「いやいや、俺心の準備が……! それに初めてだし……!」
狼狽する俺を見据えながら、さらに間を詰め吐息がかかり合うくらいの距離になる。
「……私も初めてですけど、優しくしますから」
「それに、先輩。デビュー作でいっていましたよね。男にとっての良薬は酒と女くらいなものだと」
夜光が彼女の柔肌を艶めかしく照らし出す。
「そ、そうだとしても……!」
「……私じゃ、駄目ですか?」
潤む瞳。抗い難い眼光と誘惑。それらが複合的に理性を溶かし、破壊する。
「…………ッ!」
『女が求めているなら答えてやるのが男だろ!』
「……わかったよ。でも、初めてだから笑うなよ?」
「じゃあ、キスしてください」
そういいつつ、唇を差し出す。
「……んっ……」
そして、俺はこの日、初めて女を抱いた。