月明かりが地を照らした後に、太陽が大地に光を降り注ぐ。そんな太陽と今は見えない月の下、俺は東方あんなと共に過ごしていた。
「……先輩の新しい小説、なかなかに売れているみたいですね」
カフェテラスでカフェモカを嗜みながら話題転換する彼女。今日は久しぶりのデートで執筆の疲れやフラストレーションを発散していた。
「あぁ。まぁ、売れてくれなくては困るというのが本音かな」
「月光ですか……。ベートーヴェンですよね?」
「うん。そうだけど」
すると、
「……もしかして、夏目漱石とかも関係あります?」
と、新作の小説……「月光」の裏のテーマもとい、モチーフを言い当てる。
「やっぱり、わかるやつにはわかるか~。うん。そうだよ。多少は参考にしたというか、偶然思いついたんだよ。なんか月明かり……月光を眺めていたらさ」
「……貴方が太陽なら、私は月ってやつですか? なかなかにロマンチストですね~」
ニヤニヤしながらこちらを見てくるあんな。悪魔の尻尾とか似合いそうだなとか、非現実的なことを考えてしまう。まぁ、実際そういうのが似合いそうな整った容姿なのは確かだが。
「……は、恥ずかしいだろ! あまり言うな!」
「ふふふ。変なところで童貞感が抜けないというか、照れ屋さんというべきか……。とにかく、重版おめでとうございます。先輩」
「はい、はい。こちらこそ、ありがとうございます。東方先生」
「どういたしまして。南方先生?」
そんなこんなで小芝居を繰り広げる。
そして。
「あ~! そういえば……」と、次の話題を切り出そうとする彼女。
「ん? どうした、あんな?」
「この小説……月光には続きがありませんが、どうするつもりですか?」
「あ~。そのことなんだけど……」
「はい」
「結論からいうと、特には自分で書くとかは考えていないな」
「……やっぱり、先輩ならそういうと思っていました」
「まぁ、誰かが前の魔王の時みたいにアンサー小説を書いてくれたらと思っているのは確かだけどな」
実際、この物語に関してはもうネタが尽きてしまった。それに、自身の持てる力を全力で注いだ影響か、少しエネルギー不足になっている。この状態では良いものが書けそうにないので、しばらくは創作から離れるかくらいのことは考えていたくらいだ。
「……なら、私が書きます!」
「……えっ? 今、なんと?」
「だから、私が月光の続きを書くっていったんです……!」
「まじか?」
「真剣と書いてマジです!」
そういう彼女の目には熱が。確かな熱が。炎が宿されていた。鍛冶場の炉のようにカンカンに熱された焔。今の彼女にならもしかしたら。
「……まぁ、一回。担当編集さんに聞いてみるよ」
「ということは?」
「あぁ。頼んだぞ! 東方先生!」
「はい!」
この時は、俺は気づいていなかった。自身の書いた小説。月光が、アイツに突き動かされて書いた小説であると。小説の皮を被ったただ一人のために書いた恋文であるということを。
そして、それは確かに……。
(……先輩は気づいていなかったみたいですけど、あれ完全にラブレターですよね)
(ピアノなんか弾けないくせに!)
(愛の言葉もまだスムーズにいえないくせに……!)
(本当に先輩は何というか、だめだめですね)
(でも、小説家としての先輩は何というか、凄いです)
(まぁ、私もラブレター。書いてやりますよ!)
(今日も月が綺麗だといいですね。先輩?)
人は愛を言葉で伝え、体で伝えて、時には文で伝える。それはどの世界でも変わらない不変の真理であり、愛の定理でもあるのかもしれない。太陽と月は物理法則で回り、そして、男女は愛という名の法則で惹かれ合い、日々の生活を営んでいく。