遊び。
それは幼児の日常。
だが、ぼっちの私にとっては夢物語だった。
狂おしいほど欲していたその奇跡があっけなく与えられ、灰色だった昼下がりが、たちまちカラフルに輝き始める。
「……いいよ」
冷静を装ったものの、内心狂気乱舞だった。例えるなら、焚火を囲んでコサックダンスをしている感じ。
おそらく、父の命令に従った、お情けのお誘いだろうが構わない。
この際贅沢は言ってられない。
地獄に仏とはこの事だ。
父……グッジョブ。
私は心の中で快哉を叫び、弾む心をおさえながら、彼らに伴われゆっくりと山を下り始めたのだった。
◇
やがて私たちは小さな神社にたどり着いた。
屋根も庭も境内も枯れ葉だらけでしばらく誰にも手入れされてないとわかる。
いかにもお化けが潜んでいそうだ。そう言えば母から聞いたことがある。この村には魔物が封じ込められていると。
まさかのここではないだろうか。私はぶるりと震えた。恐怖のあまり……というわけでは勿論ない。
(どうしよう。ときめきが止まらない……)
自分でも変態だと思うが、ワクワクしていた。
5年の孤独を舐めてはいけない。幽霊への恐怖などお遊びへの期待であっと言う間にかき消される。
落ち葉拾いをするのか、それともかくれんぼか。ここならダイナミックな遊びが楽しめそうだ。
これから始まるひとときに胸が膨らむ。
「あー、おったおった」
タケシ君がニンマリ笑う。
視線を辿ると、長髪をゆるく束ねた和装のおじちゃんが目に入った。
古びた祠の前にゴザを引き、胡座をかいているその人は大木と祠の借景を背負い、まるで父の好きな時代劇で見る侍のようだった。
私は思わず足を止めた。
実体のない幽霊とは話が違い、侍には、刀でバッサバサと人を斬るイメージがある。幽霊よりも侍に怯えるなんて、我ながら現実主義だと感心した。
「きったねーのー」
「あいつ、足が悪うて歩けんのぞ」
お兄ちゃんたちはニヤニヤ顔で言い合っている。
意地悪……を通り越して邪悪な顔……いや、そんなはずはない。
このお兄ちゃんたちは地獄に現れた仏の戦士なのだもの。そう。今から楽しいお遊びが始まるはずだ。
(おじちゃんが気になるけども……お遊びに誘うのは……無理だよね……)
私は罪悪感を覚えつつそう思った。なんだか、独りぼっちの彼が寂しそうに見えたのだ。
でも、流石に大人を誘うのはナシだろう。それに……。
「……またお前らか。しつこいのう。去れ」
おじちゃんは吐き捨てるように言う。
想像通り、仏の戦士と武士には深くて広い川が横たわっているようだ。
大人と子供。
現代人と武士の人(?)
境界線を越えてはならぬと、子供心に納得する。
ところが。
「うっせーわ」
タケシ君がおもむろに石を拾い、おじちゃんへ投げた。
たらりと眉間から血が流れる。私は両目を見開いた。
「お兄ちゃん……」
どうして、という言葉は、発することができなかった。
タケシくんの細められた目がとてもうれしそうに見えたからだ。
意外すぎて思考が止まった私の前でタケシくんが叫ぶ。
「やっちまえ!」
「おう!」
タケシ君の音頭を皮切りにして、取り巻きたちも次々に石を投げ始める。
「バチ当たりめ!」
おじちゃんは足が不自由なため、立ち上がれない。しかし反射神経は凄まじく、5箇所から繰り出されるつぶてを、持っていた杖でカキーンカキーンと跳ね返している。
「くそっ! よけんな! ゴミクズめ」
少年たちは、君ら本当に子供なん? とツッコミ入れたくなるほどの悪どい顔で、石を投げ続けている。
しかし、そのどれも、おじちゃんに当てることはできてなかった。
目の前で石つぶてが弧を描いて飛んでいく様が繰り返される。この感じだと、しょっちゅう繰り返されているバトルなのだろう。
私はポカーンと口を開けた。
最初の流血には驚いたが、その後はおじちゃんの人間離れした反射神経と、言っても悪役が子供でちゃちいという事実が物事を複雑にさせていた。
(これは……もしかしてお遊びなのか?)
そんな可能性が頭をもたげる。
訝しむ私の目の前をカキーンと過ぎていく石つぶて。
(そうかもしれない)
だとしたら期待外れもいいところだった。
私がしたかったのは……もっと、こう、女児でも参加できる穏やかなもの。例えばどんぐり拾いとか、せいぜい鬼ごっこあたり?
侍っぽいおじちゃんVS小学生男児の仁義なき戦いに、ぼっち女児の私が割り込めるはずはありません。
(お父さん。なんで女子を寄越してくれなかったの……。女児の遊び相手はお姉ちゃんでしょ!)
悔しさに唇を噛み締める。
父が帰ってきたら小一時間ほど問い詰めたい。
「帰ろっかな……」
失望を隠せず立ち去ろうとしたら、ぴたりとつぶての応酬が終わった。
少年たちが一斉に私を見る。
「え?」
嫌な予感が胸をよぎる。
タケシ君がニンマリ笑って近づいてきた。
さっきまで眩しかったその笑顔が今は悪代官の笑みにしか見えない。
タケシ君はかがむと大きな石を拾い、私に差し出す。
重い。両手で持たないと足の上に落としそう。
タケシ君は不気味な笑みを浮かべたまま、とんでもない事を言い出した。
「これ、あいつに投げてみ?」
「え?」
私はチラリとおじちゃんを見る。長く垂れた前髪の向こう側から鋭い目がこちらを見ている。
野獣のようなその目にぞくっとした。底知れぬ恐ろしさがおじちゃんからは漂っていて、むしろタケシ君たちの無邪気な無鉄砲さが信じられない。
「当てたら、遊んでやるけんの」
耳元で囁かれ私は思わず唾をゴクリと飲み込んだ。