目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第3話 裏切り

 遊び。

 幼児にとっては、ただの日常。しかし、私はぼっち女児。

 遊び相手はツチノコ以上にレア物だった。ついさっきまでは。

「俺らと遊ぶか?」

 数分前かけられたタケシ君の言葉が脳裏に浮かぶ。

 私の前に現れた一筋の光。

 もろく、微かな、しかし確かな希望をたたえた蜘蛛の糸。

 喉から手が出るほど欲しかった奇跡の産物。

 それなのに。

「当てんかったら遊んでやらんぞ」

 凶器の石を差し出しニヤついているタケシ君。

 約束は呆気なくリセットされ、私は美味しいお菓子を前に、お預けされてる犬と化していた。

 いたいけない女児に対し、あんまりな振る舞い。

 絶望とはこの事だ。

「ほら、投げい。大したことないわい。こいつも、喜んどる。仲間になれるぞ? 俺らと」

 仲間。

 これまた甘美な誘惑。

 身を切られるような思いで私は石を受け取った。

「それでええんや」

 タケシ君がにやりと笑う。

「さあ、投げえ。思いっきり」

「はあっ」

 おじちゃんは嘲るように溜息をつく。どうにでもしろ、と言っているようだ。

 私はえーいと振りかぶり、思いっきり石を投げた。絶望で、幼児ならぬ力が出てしまい、それは結構飛距離を伸ばした。

 後ろ向きに。

 背後から、ぽてっという、石が落ちた音が聞こえた。

「はああああ?」

 子供たちのあきれ声があたりに響きわたる。

「こっちやが」

 おじちゃんを指さし目をむくタケシ君。

 私はつん、と顔を横に向ける。

「おら」

 子分の男の子が私に別な石を持たそうとした。

「できるわけがない!!!!」

 払いのけ、私は叫んだ。

 こう見えても女児なのだ。激しいお遊びは苦手なんです。

「遊んでほしゅうないんか?」

 タケシ君の目がすわっている。

 遊び。また美味しそうなお菓子が眼の前へ。喉から手が出るほど欲しい。

 欲しいけれども。

 私はおずおずとおじちゃんに目を向けた。未だ額から流れる赤い血。目にした瞬間、胸がきゅうっと締めつけられる。

「無理」

「なんでや」

「痛そうやもん!」

 そう言った瞬間、気がついた。コレはやっぱりお遊びなんかじゃない。

「お兄ちゃんたちもやめたら? これって、うーんと」

 額に指をつけて考える。んーと、なんだっけ。ぴったりな名前があったような。

 あ、そうだ。

「だって、これって、あれでしょ。苛めでしょ!!」

 探していた単語が見つかって笑顔の私。

 冷たい風が私たちの間を通り過ぎ、一瞬でタケシ君たちが硬直した。

「あれ?」

 やらかしましたね。私。

 ぼっち女児だから、コミュ二ケーションの場数が少なすぎてリカバリもできずにオロオロする。

「ハハハ」

 いきなりおじちゃんが大声で笑い始めた。

「恥ずかしい奴らめ。ちびにお説教されとるが」

「なんやと」

「お前らは卑怯者じゃっちゅーことよ」

「くそ」

 1人の少年が私の前に立ちはだかる。そして、私を思い切り睨んだ。

「生意気やのう。ゴリラの娘のくせに」

「え?」

「最初からお前なんか、仲間にしてやる気はねーわ」

 私に向けられた視線は、とてつもなく冷たいものへと変わっていた。

 ◇◇

 縄跳びの縄で大木へと縛り付けられた私に、タケシ君たちはとうとうと全てを語った。

 ドラマなどで崖っぷちに追い詰められた犯人がなぜか全てを語るシーンをよく見るが、それを思い出させる典型的な悪者の吐露だった。

「ゴリラ(注※私の父です)には恨みがあるっ。去年までは玲子先生が担任だったのにっ! なんで今はゴリラなんだよっ!」

「ゴリラのせいで俺らは小猿の軍団と呼ばれとるんや」

「玲子先生っ! カムバック」

 父の前の担任は玲子先生という美女だったらしい。

 そして確かに私の父はゴリラに似ている。バナナを食べていると思わず二度見してしまうほどだ。念の為に確認しておく。

「えっと、恨みをはらすために私を……?」

「はっはっ。今頃気づいたか」

「ゴリラ顔ってだけで?」

「最悪だろ!」

 ……父よ。ああ、いや、父に罪はない……。

 ゴリラな見た目は望んで得たものではないのだし。

 はああああああああ。

 善意で誘われたのかと思っていたら、私怨による拉致だったとはなんたる罠。

 山道を下る時は手を引いてくれて、優しい言葉をかけてくれた。

 あのお姫様扱いは全部私を油断させるためだったのか。

 そんなのあり? 頼むから嘘だと言ってほしい。

 ドッキリでもいいよ。許す。

 でも、長方形の札が出てくることはなく。期待が大きすぎたため、失望が半端ない。

 私は泣きたかった。

 仲良くなれるかもと思ったのに……。

 遊んでもらえると思ったのに。

 寂しさが……ワクワクに変わって、踊り出したいくらいだったのに。頭のなかでコサックダンスしてたほどなのに。

 世界で一番幸せな女の子だったのに。

 ふう。

 これから私は何かされるのかもしれない。

 でも、きっとその痛みは。今この瞬間味わっている胸の痛みほどではない、と確信できるほど私は心から傷ついており。

 傷ついた顔を見せたくないと思うくらい、浮かれていた数分前の自分が恥ずかしくて哀れだった。

「俺に石の一つも当てられん無能のくせに」

 おじちゃんはますます煽る。

「それじゃ」

 タケシ君は私を振り返りながら言った。

「今からお前が石を避ける度にコイツを叩く。コイツが可哀想と思うなら避けるな!」

 はああああ? さっきの闘いぶりを見ると、彼らのバトルにはそこそこの歴史があるようだ。その決着をズルしてつけるなんて、タケシ君はともかくも取り巻きが納得するわけがない。

「タケシってすげーな」

「ナイスアイデア」

 むしろ賞賛されている。クズだった。

「あの、そんな勝ち方で嬉しい?」

 あおるつもりはなくてただの質問だった。しかしタケシ君はバカにされたと思ったらしい。

「黙れ。チビゴリラ!」

 ぱしん、と頬を叩かれて、あまりの痛さに涙が浮かぶ。言葉だけでなく、リアルに身体的な攻撃を受けて、思考が停止した。

「腐ったガキどもめ」

 軽蔑しきった口調でおじちゃんが言った。

「自分より弱いもんに八つ当たりして楽しいか。わしには全く理解不能な思考回路だ」

 私は涙に潤んだ目でおじちゃんを見た。共感しかない。

「わかった。俺に当てろ。祠が壊れたら大変なことになるけんのお」

 おじちゃんは言う。えっ。もしかして助けてくれるの?

 おじちゃんは杖を下ろすと目を閉じた。

「やれ」

 その姿は潔くて……。

 私は思わず息を呑む。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?