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第4話 祠

「このやろう!」

 こん、という不快な音が聞こえてきた。取り巻きの一人が、おじちゃんに石を投げたのだ。

 覚悟を決めたらしくおじちゃんの体に、たくさんの石が投げられる。びっくりともせず礫を受けるおじちゃんの姿は、とても痛々しく……。

 激しい怒りが沸々と腹の底から湧き上がってきた。

 私のために……ひどい目に……! なんなの。マジで。なんなの、これ。

「うわあああああああああああああああん」

 私は天を仰ぎ咆哮した。悔しくて苦しくて、もう暴れ出したいほどだった。騙されたことも辛いが、自分のせいでおじちゃんがひどい目に遭っている。それは耐え難い苦痛だった。

 こんなクズな世界、滅びちゃえ。一瞬、そんな事を思ったかも。

 と、悲痛な私の声は、あたりに響き渡り……。

 ガラガラ、どしゃーん。凄まじい、何かが崩れるような物音が私の鼓膜を震わせる。

「え?」

 恐る恐る私は振り返った私の目に、跡形もなく壊れた祠が飛び込んできた。

「え? 誰が壊したの?」

 訝しむ私をそこにいる全員が指差した。

「えっ? 私?!」

「お前の声で、祠が壊れたんじゃ!」

 タケシ君が感心したように私を見る。

「え……私って超音波出せるの? もしかして天才!?」

 どさくさに紛れて才能を開花させてしまった。

「バカ! その祠は魔物を封じ込めてたんだぞ!」

 おじちゃんが私を睨んでいる。その目は、先ほどまでの諦観とは違う、何か強い光を宿していた。

「祠を壊したな。恐ろしい。もうおしまいだ」

 みんな私を恨めしげに見る。ていうか、本当に私のせい? 助けて。不安すぎて吐きそうだ。

「おしまいって……どうなるのっ? ?!」

「……世界が……滅びる」

「げ」

 不吉なセリフと共に、おじちゃんはゆっくりと片膝を立てて立ち上がる。その体からは、先ほどまでの弱々しさは消え、黒いオーラのようなものが立ち昇っているように見えた。

「……でっかい……」

 私はその威風堂々とした立ち姿に思わず見惚れた。

「俺の手で、な」

 そう言うとおじちゃんは持っていた杖を一閃した。

 目の前でタケシ君の体がぐにゃりと歪み……。

 次の瞬間、ミンチになったタケシ君が、あたり一体へと飛び散ったのだった。

「きゃー!!!!!!!」

 私は叫んだ。

「ふん。祠を壊した罰だ」

 全く悪びれない表情でおじちゃんは言う。

「こ、壊したのは私なんだけども……!」

 どうしよう。つい弾みで名乗り出てしまった。

 バカバカバカ! 次なるミンチを覚悟していたが

「でかした。これで千年の封印から解きはなたれた」

 殺されるどころか、褒められてしまった。

 そんなこと言われたら……タケシ君の死への責任が私にあるみたいじゃない。(あるんだけど)

「ど、どうしてお兄ちゃんを……」

 おじちゃんの目が怒りのためか、血走って見える。

「……理由など語らずともわかるだろう。目には目を、歯には歯を」

 それって、祠関係なくない? いや、今はそれどころじゃない。

「……魔物っておじちゃんだったの?!」

「その通り」

 おじちゃんは、きっぱりとうなずいた。つまり、封じられた自分を、自分で守ってた的な?

 一人二役?

(ややこしい……)

 どっちにしても、タケシ君たちはとんでもない存在に石を投げていたと言うわけだ。

 ありえないほどの衝撃に見舞われた時、人はむしろ落ち着きを取り戻す。

 今私の頭の中では「それで、どうする?」という言葉だけがグルグル回っている。

「お前のおかげで自由を得た。褒美に1つだけ望みを叶えてやる。俺は魔物だ。それくらいの能力はある。どうする? この卑怯者たちを血祭りにあげるか?」

「ひいいい」

 ギロリと睨まれ、タケシくんの取り巻きたちは震え上がる。が、平常心平常心。

「それなら……お兄ちゃんを元通りにして!」

 私はかつてはタケシ君だった血溜まりをピシリと指差した。

「は? なんでだ? こんな奴くずだろ」

「なんでも言うことを聞くって言ったのは嘘?」

 幼女(私)にせまられ、おじちゃんは少々たじろいだ。

「バカ。魔物である俺様に二言はない」

「じゃあ、早く」

「……しゃあないのう」

 渋々と言った感じでおじちゃんは従う。再び杖を一閃させると、ミンチだったタケシ君はじわじわと人間の形に戻り、やがて元通りになった。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「な、な、何が起きた」

 キョトンとしているタケシ君に、取り巻きたちが言う。

「ゴリラの娘が……魔物をけしかけて……」

「タケシを……血祭りに……」

「違うでしょ。ちゃんと見てた?」

 真実を語るため一歩前に踏み出すと、

「ぎゃー!!!!!」

 まるで化け物を見たかのような悲鳴をあげ、彼らは一目散に逃げていく。なんという濡れ衣。

「あ……待って。行かないで」

 私は彼らに片手を伸ばした。

「帰り道がわからないよぅ!」

 しかしお兄ちゃんたちは、振り向くことなく去っていく。置き去りにされた私は膝をついた。

「ううう……どうしよう」

 涙ぐみながらチラッとおじちゃんを見る。できれば道を教えて欲しかったのだが、あれ? なんだかさらに若返ってる?

 幼児の私から見ても、封印から解き放たれたおじちゃんは美しかった。高いすっとした鼻。シャープな顎のライン。切れ長の目、ツヤツヤした黒髪。

「さてと。それじゃ、始めるとするか」

 絶望している私の前でおじちゃんがコキコキと肩を回している。幼女の嘆きに無関心だなんて。あんまりだ。とはいえ、なんだか嫌な予感がするから私は聞いた。

「あの、始めるって何を?」

 そして、ものすごく後悔した。

「世界を滅ぼすに決まっとろーが」

「えっ?」

 たらりと背中に汗が流れる。

「封印も解けたしこっからは無敵だ。腕がなるぜぇ」

 おじちゃんは不敵な笑みを浮かべ、黒いオーラのようなものを立ち昇らせている。私は両目を見開いた。聞かなければ良かったけどもう遅い。ミンチになったタケシ君を思い出し、心臓がバクバクし始める。

 これは家に帰れないところじゃないかもしれない。


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