「このやろう!」
こん、という不快な音が聞こえてきた。取り巻きの一人が、おじちゃんに石を投げたのだ。
覚悟を決めたらしくおじちゃんの体に、たくさんの石が投げられる。びっくりともせず礫を受けるおじちゃんの姿は、とても痛々しく……。
激しい怒りが沸々と腹の底から湧き上がってきた。
私のために……ひどい目に……! なんなの。マジで。なんなの、これ。
「うわあああああああああああああああん」
私は天を仰ぎ咆哮した。悔しくて苦しくて、もう暴れ出したいほどだった。騙されたことも辛いが、自分のせいでおじちゃんがひどい目に遭っている。それは耐え難い苦痛だった。
こんなクズな世界、滅びちゃえ。一瞬、そんな事を思ったかも。
と、悲痛な私の声は、あたりに響き渡り……。
ガラガラ、どしゃーん。凄まじい、何かが崩れるような物音が私の鼓膜を震わせる。
「え?」
恐る恐る私は振り返った私の目に、跡形もなく壊れた祠が飛び込んできた。
「え? 誰が壊したの?」
訝しむ私をそこにいる全員が指差した。
「えっ? 私?!」
「お前の声で、祠が壊れたんじゃ!」
タケシ君が感心したように私を見る。
「え……私って超音波出せるの? もしかして天才!?」
どさくさに紛れて才能を開花させてしまった。
「バカ! その祠は魔物を封じ込めてたんだぞ!」
おじちゃんが私を睨んでいる。その目は、先ほどまでの諦観とは違う、何か強い光を宿していた。
「祠を壊したな。恐ろしい。もうおしまいだ」
みんな私を恨めしげに見る。ていうか、本当に私のせい? 助けて。不安すぎて吐きそうだ。
「おしまいって……どうなるのっ? ?!」
「……世界が……滅びる」
「げ」
不吉なセリフと共に、おじちゃんはゆっくりと片膝を立てて立ち上がる。その体からは、先ほどまでの弱々しさは消え、黒いオーラのようなものが立ち昇っているように見えた。
「……でっかい……」
私はその威風堂々とした立ち姿に思わず見惚れた。
「俺の手で、な」
そう言うとおじちゃんは持っていた杖を一閃した。
目の前でタケシ君の体がぐにゃりと歪み……。
次の瞬間、ミンチになったタケシ君が、あたり一体へと飛び散ったのだった。
「きゃー!!!!!!!」
私は叫んだ。
「ふん。祠を壊した罰だ」
全く悪びれない表情でおじちゃんは言う。
「こ、壊したのは私なんだけども……!」
どうしよう。つい弾みで名乗り出てしまった。
バカバカバカ! 次なるミンチを覚悟していたが
「でかした。これで千年の封印から解きはなたれた」
殺されるどころか、褒められてしまった。
そんなこと言われたら……タケシ君の死への責任が私にあるみたいじゃない。(あるんだけど)
「ど、どうしてお兄ちゃんを……」
おじちゃんの目が怒りのためか、血走って見える。
「……理由など語らずともわかるだろう。目には目を、歯には歯を」
それって、祠関係なくない? いや、今はそれどころじゃない。
「……魔物っておじちゃんだったの?!」
「その通り」
おじちゃんは、きっぱりとうなずいた。つまり、封じられた自分を、自分で守ってた的な?
一人二役?
(ややこしい……)
どっちにしても、タケシ君たちはとんでもない存在に石を投げていたと言うわけだ。
ありえないほどの衝撃に見舞われた時、人はむしろ落ち着きを取り戻す。
今私の頭の中では「それで、どうする?」という言葉だけがグルグル回っている。
「お前のおかげで自由を得た。褒美に1つだけ望みを叶えてやる。俺は魔物だ。それくらいの能力はある。どうする? この卑怯者たちを血祭りにあげるか?」
「ひいいい」
ギロリと睨まれ、タケシくんの取り巻きたちは震え上がる。が、平常心平常心。
「それなら……お兄ちゃんを元通りにして!」
私はかつてはタケシ君だった血溜まりをピシリと指差した。
「は? なんでだ? こんな奴くずだろ」
「なんでも言うことを聞くって言ったのは嘘?」
幼女(私)にせまられ、おじちゃんは少々たじろいだ。
「バカ。魔物である俺様に二言はない」
「じゃあ、早く」
「……しゃあないのう」
渋々と言った感じでおじちゃんは従う。再び杖を一閃させると、ミンチだったタケシ君はじわじわと人間の形に戻り、やがて元通りになった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「な、な、何が起きた」
キョトンとしているタケシ君に、取り巻きたちが言う。
「ゴリラの娘が……魔物をけしかけて……」
「タケシを……血祭りに……」
「違うでしょ。ちゃんと見てた?」
真実を語るため一歩前に踏み出すと、
「ぎゃー!!!!!」
まるで化け物を見たかのような悲鳴をあげ、彼らは一目散に逃げていく。なんという濡れ衣。
「あ……待って。行かないで」
私は彼らに片手を伸ばした。
「帰り道がわからないよぅ!」
しかしお兄ちゃんたちは、振り向くことなく去っていく。置き去りにされた私は膝をついた。
「ううう……どうしよう」
涙ぐみながらチラッとおじちゃんを見る。できれば道を教えて欲しかったのだが、あれ? なんだかさらに若返ってる?
幼児の私から見ても、封印から解き放たれたおじちゃんは美しかった。高いすっとした鼻。シャープな顎のライン。切れ長の目、ツヤツヤした黒髪。
「さてと。それじゃ、始めるとするか」
絶望している私の前でおじちゃんがコキコキと肩を回している。幼女の嘆きに無関心だなんて。あんまりだ。とはいえ、なんだか嫌な予感がするから私は聞いた。
「あの、始めるって何を?」
そして、ものすごく後悔した。
「世界を滅ぼすに決まっとろーが」
「えっ?」
たらりと背中に汗が流れる。
「封印も解けたしこっからは無敵だ。腕がなるぜぇ」
おじちゃんは不敵な笑みを浮かべ、黒いオーラのようなものを立ち昇らせている。私は両目を見開いた。聞かなければ良かったけどもう遅い。ミンチになったタケシ君を思い出し、心臓がバクバクし始める。
これは家に帰れないところじゃないかもしれない。