「おじちゃん、さっきのお願いやり直していい?」
私はおずおずと申し出た。
気が付いたのだ。さっき反射的にタケシ君を救ってしまったけれど、もう少し願いかたを工夫すれば、タケシ君のみならず人類を救えたかもしれない事に。
「だめ。あれは一回こっきり」
だよね。そこまで甘くなかった。
「ねえ、世界を滅ぼすなんてやめようよ」
ストレートに交渉した。
「誰がやめるか。千年分、遊んだるわ」
当然却下。でも。
遊び?
頭の中に電球がともる。
「おじちゃんっ!!!」
私は叫んだ。
「私が友達になってあげる! だから一緒にお遊びしよう!」
期待に胸を膨らませる私。 おじちゃんは一瞬、黒いオーラも引っ込むほどポカンとした顔で私を見つめ、やがて眉間に深い皺を刻んだ。
「……チビ、お前、話を聞いていたか? 俺は今、世界をだな……」
「かくれんぼする? それとも鬼ごっこ? 私、ずーっと鬼でもいいよ!」
私は筋金入りのぼっち女児。
遊び相手になってくれるなら多少の理不尽くらい、許容してみせる。
「いや、そうじゃなくてだな……」
「わかった。お歌を歌いましょう」
私は勇気を出してそう言った。
「おじちゃん、綺麗な声だもの。私は音痴なんだけど、笑わないでね」
彼は、今度こそ本当に言葉を失くしたようだった。 まるで石になったかのように固まり、信じられないものを見る目で私を見つめている。
「俺は魔物だぞ? その俺がなんでお前みたいなチビと」
「わかってる! でもお友達になりたいの! その代わり、おじちゃんのお仕事手伝うから!」
私は叫んだ。
大事なことなので繰り返す。
その時の私は幼児だった。
そして友達が欲しくてたまらなかった。
そんな私にタケシ君が仕向けてきた取引を早速スライドしてみせたわけである。
ナイスアイデアだが、末恐ろしい。この人はついさっき、世界を滅ぼすって言ってたんだよ!?
頭からすっぽりと抜けていた。繰り返す。私は六歳の幼児だった。
「千年、ずっと寂しかったでしょ。これからは私が一緒にいてあげるから」
「ほう」
男の、いや、魔物の眉が面白そうにゆっくりと釣り上がった。
さっきまでとは違う輝きがその瞳に宿る。
「面白い女じゃの。気に入った」
彼がそう呟き、ふっと息を吐いた瞬間、まばゆい光がその大柄な体を包み込んだ。
あまりの眩しさに思わず目を細める。
やっと目をあけた時、そこに立っていたのは……。
「え……?」
驚くほどに美しい少年だった。
私と同じくらいの背丈。
泥が付いていた黒髪は艶めき、長いまつげに縁どられた大きな瞳はまるで元のおじちゃんを一瞬で忘れさせるほどに澄んでいる。
肌は白磁のように滑らかで、まごうことなき美少年なのに生命力の強さを感じる、不思議な雰囲気をまとっていた。
絵本の中から抜け出してきた王子様。
いいや、いっそ、鏡の国から這い出してきたお姫様のようにさえ見えた。
「ふふ。お遊びメイドにリサイズしたぞ。ほれ。今から俺はお前の友達だ」
風が囁くような美しい声で、彼を言った。
どうせなら女児にわかるよう、英語を避けてほしかったが贅沢は言うまい。
私は感動に震えていた。
今から俺は、俺の友達?
うん。確かにそう言ったよね!?
「よろしくっ!」
どどどどどと滂沱の涙を流し、私は彼に抱き着いた。
それからはアッと言う間に時は過ぎた。
おままごとにお姫ごっこ。
意外にも、彼は全てに唯々諾々と従った。
泥団子を美味しそうに食べるふりをしていたかと思えば
「何やってんの! 本当に食べちゃだめ!」
「もう、早く支度しなさいっ。遅れるわよっ。はい、ハンカチ」
おままごとでは母親役になりきった。
「はああああ、夢ならさめないで……」