(後の最狂メイド【青鬼】メイ・ドエム視点)
ドエム一族。
それは古くより貴族様に仕えるメイドの家系。
それがわたしの中に流れる血。
といっても、三流と言われるメイド一族でしかないけれど。
わたしと同じ名を持ちながら、一流の家名を持つメイ・ドエーはメイド専門学校で同学年だったけど、正しく一流の技術を持ちその上背景に溶け込むかのような存在感を消すことの出来るメイドだった。
そんな三流メイド一族ドエム一族だったから、元々代々仕えていたドヒンミーン家に一家丸ごと売られてしまう。そして、その売られた先がナリキーン家だった。
若かったわたしが仕えるお相手は、スティーシ―様。
ご両親に甘やかされて育てられたお坊ちゃまは、物心ついた頃から既に我儘三昧で使用人達を困らせ、苦しめ、退職に追い込んでいたらしい。
実に、興奮する存在だった。
三流ドエム一族が三流ながらずっと貴族様に仕えることが出来たのはその血が持つ特性だった。
その特性が、『あらゆる苦しみを取り込み、体内で悦びに変える』力。
一度、苦しみを取り込まないといけない為に壊れる者も多くいたが幸いわたしは頑丈な方だった。
だが、その分苦しみが弱ければ苛立ちが募る体質。その為、清貧を信条とするドヒンミーン家レベルでは耐えがたい弱さの苦しみだった。
それに比べれば、ナリキーン家のお坊ちゃまは実に悪かった。癇癪をすぐに起こし暴れまわり、口汚く罵る。ひどいものだった、からこそ、わたしもそれなりの悦びを得られていた。
そう、それなりの。
スティーシ―お坊ちゃまは確かに悪い方ではあったが、悪さで言えば想像の範囲内。よくいる悪役貴族のお坊ちゃまレベル。
慣れれば物足りなささえ少し感じてしまっていた。
そうなり始めた頃、わたしの仕事も少しおざなりになってしまっていたのかもしれない。
事件が起きた。
癇癪を起したスティーシ―様がベッドから落ちてしまい、ぐったりしてしまった。
「あ……! スティーシ―様!!!!」
まずいまずいまずい!
このままスティーシ―様が死んでしまったらわたしは殺される!
わたしはもっともっと追い込まれたいのに!
死ぬくらい苦しいは最高だけど死ぬのはいやだ!
絶望するわたしが何も出来ずにただただ座りこけていると……スティーシ―お坊ちゃまがむくりと起き上がった。そして、遠くをぼーっと見つめていたかと思うと急にその瞳に憤怒の炎を宿り烈火の如く怒り始めた。かと思えば、ニヤリと嗤い
「最強の悪役貴族に俺様はなるぅううう!」
両手を高々と挙げ、そう宣言された。
最、強の……悪役貴族……?
わたしは震えた。悪役貴族とは、恐らく悪に塗れた貴族。その中でも最強?
その存在はどれだけの苦痛をわたしに与えてくれるのか!?
それを想像するだけでわたしは歓喜に震え、漏らしてしまった。
流石にその時ばかりは、恥ずかしさもあったが、それでもスティーシ―お坊ちゃまはわたしを殺さず生かしてくれた。この時、恐らくわたしの運命はもう決まってしまっていたのだろう。
スティーシ―様なしでは生きられない身体の絶対服従メイドに!
その後のスティーシ―様は、わたしの想像を常に超え続けていた。
「クハハハハ! 主人公よ! お前を倒すのは俺様だ……!」
「スティーシ―様、なんという邪悪な笑み……!」
スティーシ―様はお太りになられているが、目鼻立ちは整っていらっしゃる。そのお顔が歪んだ笑みをお見せになられた時の邪悪さと言えば、わたしの貧弱な言葉では表現できないほどに恐ろし気持ちいい……!
恐ろしい笑みであればあるほど、わたしの身体が悦びに変換していき震えてしまう。油断をすればまた嬉しすぎて漏らしてしまいそうだ。
その水分をぐっと下半身に力を入れ耐えると目から涙が零れそうになってしまう……。
「あ、ああ……スティーシ―様……!」
スティーシ―様の強烈な程に邪悪さを漂わせた笑顔が遠くに向けられているだけでも零れそうなのに、こちらに向けられて呼吸が乱れてしまう。
「おい、メイ・ドエム。俺様は地獄のような訓練でこれから己を磨く。ならば、俺様に仕えるお前も俺様についてこい」
「は、はいぃいいい! スティーシ―様の元であれば、地獄の果てまでもお供致しますぅうう!」
地獄地獄地獄! 望むところだ! そこでわたしはスティーシ―様の邪悪なお顔を見守りながら苦し気持ちよくなり続けるのだ! 絶対にどんなに苦しみ耐えてみせ、悦びに変えてみせる!
「ふん、いい度胸だ。では、まずは準備運動だ。正しい筋トレをする為には正しいストレッチからだからな。そして、そのあとはマインドフルネス。呼吸と意識が整っていなければ筋肉が乱れる。いや、その前にちゃんとした食事からだ。お前も俺様と同じものを喰え」
スティーシ―様のその言葉にわたしは恐怖する。やさしくされるなど聞いていない! まいんどふるねすというものは知らないがどうやら身体をいたわる為のものらしい。しかも、食事までスティーシ―様と同じもの!? そんな苦しくないことをされては……!
わたしは自分の青髪が乱れるのも気にせず必死に首を振り、無礼にも拒絶させていただくがスティーシ―様は完全に無視されてしまう。
その時、わたしは自分の中で謎の感情が産まれそうになっていることに気付く。
自分の足元に差す影。見上げればスティーシ―様の邪悪なご尊顔。
「お前に拒否権など存在しないんだよ……! そして、俺様と一緒に喰らうのだ」
「そんな! わたしはスティーシ―様が食事を終えられた後で……!」
なんだ!? 何かが産まれそう! 産んじゃいそうだ!!
拒否すればするほど、そして、それをスティーシ―様に拒否さればされるほどお腹が熱く……! わたしは耐えきれず床に座り込み土下座の形でおかしくなっている全身を押さえつける。
そんなわたしの顔を持ち上げ、同じ高さの目線で邪悪ご尊顔で話しかけて下さるスティーシ―様。
「時間の無駄だ。それにお前がちゃんと食べたかの確認もしないとな……クハハ」
産まれた。
その『何か』が分かった。やせ細ったわたしへのスティーシ―様の気遣い、メイドでありながら同席し同じものを食べさせちゃんと食べたか確認しようとするスティーシ―様のやさしさ。
本来、それは、ドエム一族の特性を持つわたしにとっては不快なモノ。
だが、極め続けたわたしにとって逆に身分不相応なやさしさこそ苦しみであり、悦びであり喜び。
そう、わたしは普通の幸せを幸せだと感じられるようになったのだ。一周して。
涙が止まらなかった。
スティーシ―様の黒曜石のような瞳に青髪青い瞳で涙で不細工なわたしがうつっている。
スティーシ―様の瞳にしあわせそうなわたしがうつっている。
わたしは、普通にも幸せになってもよいのだ。
であれば、スティーシ―様のメイドとして全てを捧げる。
普通の幸せと、普通ではない悦びの螺旋階段となっているこの道を突き進む。
「クハハ! メイ・ドエム、行くぞ! ここから俺様達は修羅となる」
「は、はひぃいいいいい!」
これからのしあわせ地獄すぎる人生を想像し、口から涎が零れてしまう。
シュラが何かは分からないがスティーシ―様がそれを望むのであればシュラにでもオーガにでもなってみせよう!
スティーシ―様、我がご主人様に相応しい最高のメイドに!
その後の、健康的な食事からの、まいんどふるねすからの、ご主人様流正しく丁寧なストレッチからの……地獄のトレーニングは……さいこうに、きもちよかった……!
汗で先に全部漏れてくれてたすかった。
トレーニング後は、ストレッチと瞑想、そして、健康的な食事、さらに十分な睡眠をとり、その二重よろこびで自室で暴れまわり疲れ果てるまで眠ることが出来なかった。
「ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様ご主人様」
メイ・ドエムはこの世界に生まれてよかったです。
わたしは、ご主人様のものです。
ご主人様。