決闘の日々は一言で言えば壮絶、だった。
両親を除くナリキーン家の領地内、もしくは、領地にやってくるほとんどの人間を『決闘』で打ち負かしたのだが、その決闘が実に多種多様だった。
魔法と武術を可能な限り極めた俺様であれば、正直戦闘であれば、領地内では負けなしと言えた。だが、自分の得意分野で勝って果たして『強い』と言えるのか。
答えは、否!
相手の得意分野で勝って『わからせて』こその悪役貴族というものだろう。
なので、俺様は、挑んできた人間の得意分野で戦ってやることに下。力に優れている者は力で、魔法に優れたものは魔法で、掃除の技術には掃除の技術で、料理なら料理で、金には金で、おにごっこにはおにごっこで、とにかく分からせた。
勿論、敗北は許されない。
なので、ちょっと勉強や準備が必要そうな決闘は後回しにした。
卑怯? 違うな!
これが俺様が考案し、メイとシヨウ・ニンジャに作り上げさせた完璧な作戦だ! それによって俺様は無敗記録を作り続け、ありとあらゆる技術において最強となった。
当然、決闘システムを嫌がるものもいた。そういう奴らへの対応も勿論抜かりない。
使うのは勿論、金だ。
ナリキーン家の財産を元手に、前世の記憶という卑怯な知識によって荒稼ぎした金を使い、ナリキーン家が治める土地の人間達を従わせた。俺様のナリキーン家の為に働かぬものには金をやらず、働いたものには金をやってより従わせる。金に物を言わせ、とにかく分からせた。
ちなみに、決闘も出来ない身体の悪い人間なんかは分からせたところで使えないので一度再生や回復魔法で治してから倒し、分からせて働かせた。みんな涙を流していて、悪役冥利に尽きた。
俺様の悪役っぷりにより、領地の人間のほとんどは俺様に従うようになった。
だが、一人だけ俺様は決闘によって分からせておきたい人間がいた。
「スティーシ―様、僕に何か御用でしょうか」
どんどんと銀髪のしごでき使用人になっていくシヨウ・ニンジャが、日課の筋トレを終えたあとメイに作らせた特製プロテインを摂取している俺様の元にやってくる。
いや、改めて思うけど本当になんでこんな名前なんだよ使用人『じゃ』って。
ちなみに、興味本位で調べたら、比較的近場の貴族のところに使用人『ふ』がいた。正確な呼び方は、シヨー・ニンフ。そいつが使用人筆頭でほぼは行で固められていた。
それはさておき、俺様はシヨウ・ニンジャに持って来させた剣を受け取ると鞘から抜き放ち、その剣をシヨウ・ニンジャに振り下ろす。
「……どういうことでしょうか。僕はクビですか?」
風魔法を足にかけ、まさしく風の如き速さで俺様の一撃を躱し、更には背後をとるシヨウ・ニンジャ。
「クハハハ、今の一撃を躱せなければ、首だけにしてみてもよかったかもな。おい、シヨウ『決闘』しよう」
「ぶふー! スティーシ―様、それは……!ぶふ、くふふふ」
「違う! 駄洒落じゃない! ツボに入るな! おい!」
シヨウ・ニンジャは意外とこういうのに弱いのが調子を狂わせる。
親父ギャグが好きな個性って微妙過ぎるだろう!
俺様はその空気を霧散させてやろうと全力の魔鎧を纏う。あまりの魔力に大気が震え、草木も揺れている。恐らく気温も上がった事だろう。互いにしっとりと汗をかき始める。
「俺様は本気だ。お前と決闘をし、お前を俺様のものにしたい」
「……なるほど。全てお見通し、というわけですか」
シヨウがバカ笑いを止め、含み笑いに変える。勿論、俺様は全てお見通しだ。
シヨウ・ニンジャが何かと理由をつけて決闘を断っている理由。それは……自分こそが最強の悪役になりたいということだ!
シヨウは今や俺様の右腕として領地運営には欠かせない存在になっている。その領地運営が、一目見ただけでは、まるで清く正しい素晴らしい政策のようなものなのだ!
並べられた文言はまるで領民のことを俺様が全力で思っているかのような風。
だが、実際は経済を大きく回し、金を稼ぐことが目的。その為にとにかく領民たちが働きたくなる完璧な社会福祉制度や労働法をどんどんと生み出している。これによって領民たちは気づかぬうちに労働意欲を生み出され、働き甲斐を感じ、十分な給与を与えられているのだ。
シヨウの手の上で完全に踊らされている。
なんなら、実際にこの前は、豪勢な祭りを開いて踊っていた。景気のいいことだ。
人心を完全に掌握するその手法、まさに黒幕にふさわしい能力。
であれば、シヨウは俺様如きに従うつもりはないのだ。もっと上の存在になろうとしている!
そんなシヨウに勝手をさせるわけにはいかない。でも、シヨウがいるとすごい領地運営が楽だから絶対服従の部下に置いておきたい。
だから、俺様は、
「シヨウ! 決闘を受けるのか受けないのか!」
「……スティーシ―様には、覚悟がある。そう受け取って良いのですね?」
シヨウが真剣な目で尋ねてくるが、愚問だ。負けたら俺様がシヨウの戦闘員Aになる。
その覚悟くらい当然出来ている。
「覚悟なら、数年前から出来ているさ」
なんせ、クソ主人公に負ければ、あのクソ主人公が世界中の有能ヒロインを嫁にして世界大統領みたいな世界になるんだからな! それをぶっ壊せなければ、俺様は一生負け犬人生なのだ。
「……! そう、ですか。あの時からもう……! では、もう言葉はいりますまい。まいるでござる!」
急にござる口調になり、影から小刀を持ち出した瞬間はびっくりしたが、それこそ一瞬の事、俺様は魔冠により脳を高速回転させ動体視力を最大限まで上げシヨウの動きを捉える。手裏剣みたいなのを放り投げてきたのでそれをはじき返し、その陽動用手裏剣とは逆方向から振り上げられる小刀を受け止め嗤ってやる。
「これを受け止めますか……!」
「シヨウ、貴様こそ。教えていない魔鎧を見て覚えたのか?」
「ご冗談を。ケンの一族にそれが出来ぬとでも」
なんかかっこいいことを言ったシヨウだったがいつの間にか、真っ黒な装束に着替えており顔はほとんど隠れていた。もうほとんど忍じゃんと思いながら、俺様は分身の術とか出来るのかとワクワクしながら攻撃を繰り出す。
「おい、シヨウ。このままでいいのか? 増やさなくて……」
「わおん……では、お言葉に甘えて!!! いでよ!」
シヨウが叫ぶと、一気に黒装束が増える。
うおおおおおおおおお! 増えたぁああああああ!
「クハハハハ! いいな、すごくいいぞ!」
やはり黒に身を固めているのを見るとかっこういい! 悪役とはやはり黒で固めるべきだ! 火遁とか水遁みたいな魔法を、迎撃しながら俺様は全力の魔鎧に新たなイメージを吹き込んでいく。
それは、闇。漆黒の闇をイメージした黒い鎧。
シヨウが動揺したのか動きを止める! やーい、びっくりしたあ!
「あらゆる魔力を奪う闇属性。スティーシ―様! 貴方は、全ての影、いや、魔さえも喰らうおつもりか!?」
シヨウがなんかかっこいい悪役っぽいことを言っている!
であれば、俺様だって言ってやる!
「それだけではない。光さえも俺様の闇が喰らう」
「な……!」
シヨウの黒装束の中から唯一見える目が見開かれている。
勝った! 俺様の方が悪役貴族ぽかったよなあ!
遠くに控えていたメイが白目を剥いて泡を吹きながらもカクカクと頷いているのがチラ見えする。
きも! でも! かったな!
俺様は、分身の術で増えた全てを倒すべく闇の鎧の一部であるマントを闇魔法に変えて周囲一帯を闇で包み全ての魔力を吸い取ってやった。死なない程度に。
死んだら俺様のものに出来ないからな!
「スティーシ―様、いえ、主様。このシヨウ、これよりは貴方様のものとなります。どうぞよろしくお願い致します」
俺様の前で傅くシヨウ。俺様は大きく頷くと、すぐにその場をあとにする。
だって、またシヨウのお尻がこんもりしてるんだもの。
俺様の新技、闇鎧にビビッてもらしちゃったんだろう。それでも、あんな風にかっこつけられるのだからシヨウは大物だ。
「あ、主様! ご命令は?」
「……シヨウよ、お前は俺様のものになった。俺様のものは無能であってはならない。自分で考えろ」
正直、俺様はヤツのお尻こんもりが気になってそれどころではない。
ていうか、それを先になんとかすべきだと暗におしえてやったのだから気付いてほしい。
「我々、影の者に自由を命じると……なるほど、それが闇、なのですね。かしこまりました。ならば、僕は僕の意思で動きます」
「ああ……特に、そうだな。汚れは気になるな」
「闇や影でなく、汚れということですね。理解しました。それでは」
そう言ってシヨウは影に潜り込んで消えた。ようやく理解し、トイレに向かったようだ。
それにしても、あの移動魔法は便利そうだ。影が帯びている魔力の質と同化させ移動していた。練習しよう。
そして、影移動の練習をしている俺様は知らなかった。
その日、王国の影と呼ばれる狼獣人の一族がいつの間にかナリキーン家の領民になっていたことに。そして、次々と周りの領地の貴族共が粛清されていたことも。
「僕の心に従い、貴方のために王国の汚れを全て消し去ってみせましょう。……新しい我らの主様」