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第6話 シヨウ・ニンジャは真の信頼を手に入れたんですけど!

(王国の影【銀影】シヨウ・ニンジャ視点)



 ニンジャ一族。

 それは古くより王国の影として動く特別な使用人の一族。

 それが僕に定められた運命。


 とかっこつけても、所詮は王国に尻尾を振り続けるだけの何でも屋だ。


 古の約束により、王国に従い続けることとなった狼の獣人一族。

 ニンジャという家名を与えられたのは、僕達のご先祖様が東の国から逃げてきた忍者の一族の末裔だから。


 そして、王国に助けられた御恩という名の鎖に縛り付けられながら僕達は各地に散らばり、王国にあだなすものがいないか見張り続け、何かあれば告げ口、工作、暗殺、なんでもした。


 そんな一族の役割を果たすべく僕はナリキーンの家にやってきた。

 ナリキーン家は一言でいえば、奇妙だった。


 現当主であるヒロィイシー=ナリキーンは偶然、鉱山を見つけなり上がっただけの運の良い人間で、金を手に入れてからはただただ贅沢三昧をしている欲に塗れた人間の見本のよう。妻のホゥセキスキー=ナリキーンも同じく。金に踊らされている女。


 だが、その一人息子であるスティーシ―=ナリキーンは、異質。


 事前の調べでは、我儘三昧の糞餓鬼という情報だったのに、実際にあった彼はまるで何十年も生きてきたような達観した目をしていた。


 そして、同じ大金を使うにしても父親とは違い、自分を磨く、いや、そんな生易しいものではない叩き直す為に使い続けていた。


 そのトレーニングは、我々ニンジャ一族の訓練とも違い理路整然としていながら、人間のギリギリ限界を目指すという効率的な方法。その上、食事や睡眠なども徹底しており、こっちのトレーニングを受けた方がよっぽどすごい忍者が生まれると思えるほどだ。


 その証拠に、ただ痛みや苦しみを望んで受けたがるだけの変態メイドだったメイ・ドエムはスティーシ―のトレーニングを共に受けることでとんでもない化け物に進化し、幼い頃から忍の里で訓練を受けてきた僕でも勝てるか分からないほどに。


 であれば、主であるスティーシ―の実力は推して計るべし。


 あのストイックさと何かに対する執念はとても10に満たない子どもが出せるものではない。そんな力を手に入れ乍ら領地経営も学び、口を出すほどの知力レベルもある。

 ナリキーン家の柱は間違いなくあの幼くも邪悪な笑みを放つ少年だった。


 王国、そして、王家にとって余りにも危険な存在。


 僕はそれを理解して即座にニンジャ一族頭領の元へ手紙を送った。

 だが、その手紙は届くことはなかった。



「シヨウ・ニンジャさぁ~ん? なんですかぁ、この手紙ぃ?」


 僕が送ったはずの手紙を持って帰ってきたのはあの女、メイ・ドエムだった。


「……あっれれ~、おっかしいなあ。何故メイさんが僕の手紙を~?」


「とぼけても無駄ですよぉ。わたしはね、あなたと同じ特性持ちなんです。その上、ご主人様のトレーニングによって魔力に対して敏感になりましてね、悪意のある、要は苦しみや不幸をもたらす気配のするものが分かるんですぅ。この手紙は、ご主人様への悪意に満ちてるって……それと同じ魔力があなたから感じます」


 化け物のメイドは想像以上に化け物だった。

 ここで足掻いて傷口を広げる位ならと一部だけ正直に話すことにした。


「僕は王国から派遣された調査員なんです。メイさんが仕えるスティーシ―様は素晴らしい才能の持ち主です。ですが、出る杭は打たれる。その報告でした」


「……でしたか。では、さような」


「ですが。僕も命は惜しい。なので、取引をさせてください。王国には、素晴らしい才能を持ち、王国への忠誠心も高い神童がいる、と伝えましょう。そうすれば、王国も警戒は弱めるはず。逆に僕を消してしまえば、さらなる調査員の増員をしてくるでしょうね」


「…………なるほど」


 青い髪を握ったまま口元を隠すメイド。彼女はメイドにも関わらず、教育に関しても何故かスティーシ―と共に受けており、ある程度頭が回る。悪くない交渉のはず。


「わかりました。では、そのように。ただ条件がもう二つあります。一つは、信頼に足る情報を、そちらの懐をわたしに見せてください。情報の人質ですね」


 そう言って嗤う青い髪の鬼。


 コイツの危うさは理解している。逆らわない方がいいと頭の中で警鐘が鳴り響く。

 僕達が狼獣人の一族であり、大体の組織についてと、周辺の領地の状況・情報を提供していくと青鬼はスティーシ―にとっての危険度をはかるように思考の海へと沈んでいく。


「なるほど、ちなみに。王国の中で、王家以外でご主人様にとって危険だと思うのはなんですかね?」


「……光の村だろうな」


「光の村?」


「ここから少し離れた魔の森の手前にある村だ。その村の人々は、魔の森の怪物共を喰らう本物の化物揃いだ。噂によると、神に選ばれた一族で、全員が選ばれたものしか使えない光の魔力を身に宿しているらしい」


 僕の言葉に初めて大きく反応を示す青鬼。


 気持ちは分かる。魔の森は広大であり、人間族が入ったら二度と帰って来れないと呼ばれる最悪の場所。


 その奥深くで魔王が生まれたとも言われている場所だ。そんな森の近くで普通に暮らしている人間達なんでまともじゃない。村人全員がイマイチ自分たちの力を分かっていない様子で都合の悪い質問をすると「え? なんだって?」とか「いやいや、おらたちはただの村人だべさ」とか言って返してくるらしく、それでいて拷問でもいようものなら返り討ちにされ、ニンジャ一族でも手を焼く恐ろしい存在なのだ。


「彼らは危険すぎる。人を直ぐ殺せる猛毒のついたナイフを無邪気に振りまわしているようなものだからな。だけど、基本的に村から出てくることはないらしい。理由は分からないが」


 ただ、何十年に一度くらい、村から出て王都で暮らそうとする若者が現れるらしい。

 周期の理由もよくわからないがそういうものらしい。そして、一通り目ぼしい女を力で魅了し攫っていくという伝説がある。


 まあ、余りにも馬鹿みたいな話なので僕は信じてはいないが、長はその話をする度に頭を押さえて呻くように話してくるので僕の大嫌いな話だった。


「よく分かりました。さて、もう一つですが、あなたが、ナリキーン領にとってのあなたのような存在を育てることは可能ですか?」


「ナリキーン家独自の調査機関を……! それは……!」


 王家に弓引く行為に他ならないと立ち上がろうとした瞬間、メイドが僕を羽交い絞めにする。

 その腕からは血が噴き出している。


 いや、腕だけではないだろう。僕を抑えるために身体強化を自分の身体が壊れるレベルまでかけたようだ。魔臓も痛んでいるに違いない。


 これだからこの変態とは関わりたくない。スティーシ―の為なら死もいとわない化け物なんて。


「いいですかぁ? ご主人様は、神となる御方です。神に人の王如きが何か出来るとでも?」


 狂信の極みの青鬼には何を言っても無駄だと悟った僕はその提案に頷くしかなかった。


 一族への報告の手紙のチェック、定期的な情報の提供、そして、ナリキーン家用諜報部員の育成。それが青鬼を大人しくさせる条件であり、一先ず受け入れるしか僕には出来なかった。


 愚かな青鬼。汚れきった王国の影の深さと光の村の限りなき力を知らずに、自分の主こそが最高だと信じる馬鹿なメイドだと……思っていた。


 だけど。


『こんなクソ世界観世界に期待しても無駄だ』


 そう『世界』を評したスティーシ―はとんでもないことを言い始めた。


「俺様が命ずる。ナリキーン家の治める領地では『敗者は勝者のものになる』と! ……なんでも構わないから両者の承認する勝負……いや、そうだな、『決闘』だ。決闘という名にしよう。決闘をおこなった場合、敗者は勝者のものとなる。そういう法をこの領地では適用する」


 決闘をする、と。敗者は勝者のものになる決闘を。

 僕は、スティーシ―にとってのこの決闘の二つの目的を即座に理解した。


 一つは、ナリキーンの領地の不穏分子を消す事。ナリキーン領は長い歴史から見れば生まれたばかりの領地。そこに集まってきた人間の目的は様々だ。そんな中でナリキーンに従う者だけを選別する。そして、ナリキーンに従う者には、全てを与えるということ。

 その証拠に、スティーシ―は僕にとんでもない額の金をぽんと渡し、言ってきたのだ。


「細かい事は貴様らで決めろ。俺様が決めたことだ。……言っている意味は分かるな?」


 僕には分かった。もう一つの目的。これは領民を試すと同時に僕を試していると!


 僕が望んでいるのは、ただ王国、いや、王家が贅沢三昧をする『世界』なのか、それとも全ての民が豊かな生活を送ることの出来る平和な『世界』なのか!

 スティーシ―はそれをも試していたのだ!


 僕は気づかされた。僕自身が王国に対し信じきることが出来ていない事。

 そして、スティーシ―は、そんな僕に大金を与える程信じていると伝えようとしていることを!

 その後に放った強烈な魔力は『何かあれば、俺様がなんとかする』ということ!


 その信頼に思わず僕は揺らいでしまい、思わず元の狼獣人の姿に戻ってしまったのは迂闊だったと後悔した。


「クハハハハハハハハハハ!」


 だけど、スティーシ―は僕を一瞥すると高笑いをあげ、その場をあとにしようとする。


 分かっていたのだ。スティーシ―は。だから、一々晒す必要はない。そう、スティーシ―様の背中は語っていた。


「……興奮しすぎて、『しっぽ』が戻っちゃってるわよ、わんちゃん」


「五月蠅い。黙れ変態闇の掃除屋メイド。お前には分かるまい、あの方の考えが……」


 そう、変態メイドには分からない。痛みや苦しみ、力でしか理解できない馬鹿メイドには、スティーシ―、いや、スティーシ―様の考えが、そして、王国との間で揺れ動く僕の苦悩が!


 その信頼に苦しみながらも、僕自身の民への思いは本物だと、ナリキーン領の社会福祉から雇用状況、教育から医療、何から何まで己の知識と持ちうる情報を使い整えてみせた。


 そして、スティーシ―様は、自ら領民達一人一人と真っ直ぐに向き合った。


 その上で、僕の作りあげた制度を最大限活用し、領民に出来る限りの『信頼』を見せた。


 スティーシ―様は、本物だった。


 であるならば、僕は……。


 そう思った瞬間を分かっていたかのように呼び出され、僕は命じられたままあの方の剣を持って庭へと向かった。


「スティーシ―様、僕に何か御用でしょうか」


 自分で言っておいて笑えてしまう。用なんて決まっている。


 お前はどうするのか俺様は俺様の意思を見せた、そう言いたいに決まっている!


 僕の予想通り、スティーシ―様は剣を受け取ると鞘から抜き放ち、その剣を僕に振り下ろした。僕が何者か分かっていなければ殺してしまう程の速度で。


「……どういうことでしょうか。僕はクビですか?」


「クハハハ、今の一撃を躱せなければ、首だけにしてみてもよかったかもな。おい、シヨウ『決闘』しよう」


「ぶふー! スティーシ―様、それは……!ぶふ、くふふふ」


 駄洒落自体に弱い僕は笑ってしまっていたが、それ以上に自分に笑ってしまう。


 僕は本当に何がしたいのか、と。僕は何のために生まれてきた。何者なのかと。


 スティーシ―様は、自身がどれだけ本気かをスティーシ―様自身で編み出された身体強化法『魔鎧』を見せることで示してくる。



「俺様は本気だ。お前と決闘をし、お前を俺様のものにしたい」


「……なるほど。全てお見通し、というわけですか」



 スティーシ―様は分かっていたのだ。


 僕が王国の影から解放されることを望んでいることを。スティーシ―様にとっての影になりたいことを!

 だが、その決断を容易に出来る程の勇気が僕にはなかった。


「シヨウ! 決闘を受けるのか受けないのか!」


「……スティーシ―様には、覚悟がある。そう受け取って良いのですね?」



 意気地なしのシヨウ。僕は、スティーシ―様からの答えを待つことしか出来なかった。


 だがスティーシ―様はそんな僕を見て笑う。


「覚悟なら、数年前から出来ているさ」


 その言葉に僕は震えた。ずっとスティーシ―様は僕の正体を知りながら、そして、僕の迷いに気付きながら待ち続けていたのだ!


「……! そう、ですか。あの時からもう……! では、もう言葉はいりますまい。まいるでござる!」


 もう何も隠すことはないと、僕の本当の姿、狼獣人に黒装束を纏ったニンジャ一族としての本当の姿をさらす僕。それを見てもやはりスティーシ―様はただ微笑むばかりだった。

 この方は……!


 その後の戦闘で見せた純粋な闇属性の魔鎧を見せられた時は、ただただ興奮していた。


「あらゆる魔力を奪う闇属性。スティーシ―様! 貴方は、全ての影、いや、魔さえも喰らうおつもりか!?」


 スティーシ―様は、闇の鎧を見せることで示して下さったのだ!

 僕達のような虚しい影を救い上げ、魔の蔓延る世界全てを手に入れると!


 いや、それだけではなかった。


「それだけではない。光さえも俺様の闇が喰らう」

「な……!」


 光の村の事もスティーシ―様は、知っていた。そして、その光さえも喰らうと!


 その直後、スティーシ―様の大いなる闇に包みこんで下さり、お陰で僕は誰に遠慮することもなく大声で憚ることなく泣いた。歓喜の涙を流し続けた。 


 そして、僕はスティーシ―様、主様の影となった。




 そのあとの主様も流石だった。


『あ、主様! ご命令は?』

『……シヨウよ、お前は俺様のものになった。俺様のものは無能であってはならない。自分で考えろ』


 僕のような意思無き影として生きてきたものに、自らの意思で動いてよいという全幅の信頼を寄せて下さるその度量!


「我々、影の者に自由を命じると……なるほど、それが闇、なのですね。かしこまりました。ならば、僕は僕の意思で動きます」


 自らの思いを形にする。民の為に動く影となれと!


「ああ……特に、そうだな。汚れは気になるな」


 その為には、汚れた存在を消せと!


「闇や影でなく、汚れということですね。理解しました。それでは」


 その日、王国の影と呼ばれる僕達狼獣人の一族はナリキーン家の領民になった。

 そして、次々と周りの領地の貴族共を粛清していった。


「僕の心に従い、貴方のために王国の汚れを全て消し去ってみせましょう。……新しい我らの主様」


 何て素晴らしいのだ、信じる心とは!

 嗚呼、信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心信じる心!!


 シヨウ・ニンジャに生まれてくる意味はありました。

 僕は、主様の影です。

 魔も光も全てを喰らう大いなる闇の影なのですね、主様。


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