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第5話

 今の皇帝には、二人の息子がいる。正妃の藍皇后の産んだ第一皇子、潤祥じゅんしょう。そして白妃の子で第二皇子、応泉おうせん

 通常ならば第一皇子が世継ぎの君だが、皇帝は第二皇子の応泉おうせんを皇太子に指名した。それは、応泉が雨龍だからだ。

 雨龍とは、このりんの国を起こした祖王であり、恵みの雨を降らせる龍神である。この国の貴族は龍神の眷属であり、程度の差はあれど神仙の術を使う。神仙の術と言っても強力な術は失われて久しく、旋風つむじかぜを起こし、蝋燭ろうそくに火を灯すのが関の山だ。しかし、最高神たる雨龍の力は唯一無二で、龍の機嫌一つで空模様が変わるという。

 第二皇子の応泉は、雨龍の証、龍の鱗が体にあるらしい。そのことを知った皇帝は、第一皇子を差し置いて応泉を後継とした。

 雨龍皇太子とは、すなわち応泉のことだ。


「でも宮廷では、皇太子様が真の雨龍か、疑問視する声があるのよ」

梅花めいふぁさん、そんなこと話してしまって大丈夫ですか?」


 いくらここが宮廷から遠く離れた茶房でも、話して良いことと悪いことがある。

 常連客の貴族の女性、梅花めいふぁに緑茶を配膳しながら、珠珠は苦言を呈した。


「あら。今この店はあなた一人だし、あなたは口が軽い人ではないから、信頼しているわ」


 梅花は茶碗を受け取って微笑む。

 そうすると名前どおり花がほころんだ風情だ。

 彼女は咲き染めの春の花精のように美しい女性だった。桃の実のように明るく柔らかな肌に、艶やかな長い黒髪。さくらんぼのような唇が、心地よい響きの声をつむぐ。

 何より特徴的なのは、湖水のような翡翠色の瞳だ。

 その神秘的な瞳に見つめられると、同性の珠珠も感じるものがある。


「梅花さん、絶対こんなところにいて良い身分の人じゃないでしょ……」

「ほほほ。私の正体は秘密よ」


 いくら玉都で最近流行の餅屋併設の茶房といっても、雲上人を迎え入れるほどではない。しかし安い緑茶でも、梅花が匂いを嗅いでいるさまを見ると、高級な白茶だと錯覚しそうだ。繰り返すが、ここは高貴な人が集まる持水宮じすいきゅうじゃなくて、ただの下町の茶房だ。


「それよりも聞いてよ、軍師様の武勇伝。先日、陛下の命を受けた御史台の役人が、難癖を付けて軍師様を降格させようとしたのだけど、軍師様はそれを見事切り抜けてみせたのよ。どんなやり取りだったか、あなたにも聞かせてあげる!」 


 梅花は興奮して前のめりに語る。

 慣れているので、珠珠は盆を間に挟みながら、落ち着いて相槌を打った。


「皇帝陛下は、軍師様がお嫌いなのですか?」

「嫌いというか、第一皇子の閏祥様を目の仇にしているのよ。皇帝陛下は、白妃と第二皇子びいきだから。軍師様は、第一皇子の閏祥様の優秀な側近なのよね」

「それは、とんだとばっちりですね」


 珠珠は聞きながら、頭の中を整理する。

 皇帝陛下は、第二皇子を大事にされていて、第一皇子に冷たい。はい、ここ大事だから、次の試験テストに出ます!

 ということは、宮廷で第二皇子が真の雨龍か疑問に思われているのも、皇帝陛下の偏重へんちょうが理由……?

 梅花は軍師様について話したくて仕方ないらしく、すぐ本題に入っていく。


「本当にそう。御史台の告発も、言いがかりなんじゃないかって話なのよ」





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