梅花の話によると、玉都に帰ってきた南軍は、改めて北軍と共に再編成されている最中で、軍師様はこまごまとした事務管理を行っているらしい。
事件は、今から二日ほど前に起こった。
軍師様の執務室に、帳簿を片手に持った御史台の役人が乗り込んできたのだ。
「碧中将、御史台に同行願います」
執務室の重厚な机の前に座り、黙々と仕事をしていた
「おや、李御史殿。ちょうど良いところにいらっしゃいましたね。ちょうど佳香園の蜜杏が届けられたのですよ。白茶と一緒にどうです?」
「それはご丁寧に……じゃない!」
李御史は、にこやかな
大股で机に歩み寄り、手に持った帳簿で机を叩く。
「武器庫に納品された装具の数と、支払った貨の合計が合いません。このような間違いは、あってはならないことです。まさか、陛下のお膝元である持水宮で不正が行われたとは、考えにくいことですが……御史台で話を聞かせていただけますか」
李御史は勝ち誇った様子で、帳簿を示す。
しかし、
落ち着いた物腰で立ち上がり、棚にしまわれた書類を抜き出す。
「申し訳ない、李御史殿。それは、提出前の叩き台だ。正式なものは、既に私の元に届けられている。ほら、ここに通し番号が」
「な、なんだと?!」
「どうやら、間違った書類が混ざり込んでいたようだね。裁決はこの正式な書類をもとに尚書台で行われる。間違いがないか、よく目を通していただければ」
「っつ!」
正式な帳簿を突き付けられ、李御史は唖然となった。
その動揺した様子を、冷たい眼で見降ろしながら、
「その間違った書類は、どうやって李御史殿の手に渡ったのだろう? 提出する前の書類が、正式なものにまぎれこむとは、まったくもって私の管理不届きだ。よくよく調べて、真犯人を見つけなければ」
「?!」
「李御史殿、あなたの言う通り、これは大事だ。懸案事項として、陛下に奏上しよう」
今や、追い詰められているのは、李御史の方だった。
彼は持ってきた帳簿をひっこめ、ひきつった笑顔になる。
「い、いや、それには及ばない! どうやら私の早とちりだったようだ」
「そうですか? 私はいつでも御史台に協力しますよ」
「多忙な碧中将をわずらわせるには及ばない! それでは私は失礼する!」
そそくさと撤退しようとする李御史。
清晨はその背中に「待ってください」と声を掛ける。
もう一刻もここにいたくないという顔の李御史は、しぶしぶ振り返った。
その彼に、清晨はにっこり微笑みかける。
「蜜杏が余っているのです。持って帰って、御史台で分けてください」