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第6話

 りょうと小競り合いが激しい南部戦線に投入される部隊は、南軍と呼ばれている。それと対比するように、宮中を警備する皇帝の近衛は、俗に北軍と呼ばれていた。

 梅花の話によると、玉都に帰ってきた南軍は、改めて北軍と共に再編成されている最中で、軍師様はこまごまとした事務管理を行っているらしい。

 事件は、今から二日ほど前に起こった。

 軍師様の執務室に、帳簿を片手に持った御史台の役人が乗り込んできたのだ。


「碧中将、御史台に同行願います」


 執務室の重厚な机の前に座り、黙々と仕事をしていた清晨せいしんは顔を上げる。


「おや、李御史殿。ちょうど良いところにいらっしゃいましたね。ちょうど佳香園の蜜杏が届けられたのですよ。白茶と一緒にどうです?」

「それはご丁寧に……じゃない!」


 李御史は、にこやかな清晨せいしんのペースに、一瞬、呑まれそうになった。蜜で煮込まれた杏はふっくらと肉厚で、食べごたえがありそうだ。机の隅に置かれた菓子から無理やり視線を外す。

 大股で机に歩み寄り、手に持った帳簿で机を叩く。


「武器庫に納品された装具の数と、支払った貨の合計が合いません。このような間違いは、あってはならないことです。まさか、陛下のお膝元である持水宮で不正が行われたとは、考えにくいことですが……御史台で話を聞かせていただけますか」


 李御史は勝ち誇った様子で、帳簿を示す。

 しかし、清晨せいしんはその紙を見て眉をしかめるだけだった。

 落ち着いた物腰で立ち上がり、棚にしまわれた書類を抜き出す。


「申し訳ない、李御史殿。それは、提出前の叩き台だ。正式なものは、既に私の元に届けられている。ほら、ここに通し番号が」

「な、なんだと?!」

「どうやら、間違った書類が混ざり込んでいたようだね。裁決はこの正式な書類をもとに尚書台で行われる。間違いがないか、よく目を通していただければ」

「っつ!」


 正式な帳簿を突き付けられ、李御史は唖然となった。

 その動揺した様子を、冷たい眼で見降ろしながら、清晨せいしんは淡々と続ける。


「その間違った書類は、どうやって李御史殿の手に渡ったのだろう? 提出する前の書類が、正式なものにまぎれこむとは、まったくもって私の管理不届きだ。よくよく調べて、真犯人を見つけなければ」

「?!」

「李御史殿、あなたの言う通り、これは大事だ。懸案事項として、陛下に奏上しよう」


 今や、追い詰められているのは、李御史の方だった。

 彼は持ってきた帳簿をひっこめ、ひきつった笑顔になる。


「い、いや、それには及ばない! どうやら私の早とちりだったようだ」

「そうですか? 私はいつでも御史台に協力しますよ」

「多忙な碧中将をわずらわせるには及ばない! それでは私は失礼する!」


 そそくさと撤退しようとする李御史。

 清晨はその背中に「待ってください」と声を掛ける。

 もう一刻もここにいたくないという顔の李御史は、しぶしぶ振り返った。

 その彼に、清晨はにっこり微笑みかける。


「蜜杏が余っているのです。持って帰って、御史台で分けてください」


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