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第7話

 もちろん、全ては偶然ではない。

 清晨せいしんは御史台の介入を見越して、わざと不備のある書類を掴ませたのだろうと、もっぱらの噂だ。

 言うはやすし、されど行うはかたし。御史台の先回りをするのは、並大抵の仕事ではない。


「はぁ~、格好いい……」

「有能な立ち回りですね」


 うっとり呟く梅花めいふぁに、珠珠じゅじゅは感心して同意する。お客様の手前、冷静さを保っているが、珠珠だってこういう快男子ヒーローの活躍は大好物だ。浮世の苦痛を忘れられる。

 ふと先日、狐の姿で散歩した時、うっかり目撃してしまった清晨の生腹筋を思いだし、珠珠はかぶりを振った。ついでに、彼と交わした、ちょっとした接吻キスも。あれは墓の下まで持っていく秘密だ。


「それにしても……第一皇子の派閥と、第二皇子の派閥は敵対しているのですか?」


 梅花は、第一皇子の派閥推しなのだろうか。軍師様は、第一皇子の派閥の歩く広告塔のようなものだ。

 あんまり、政権争いみたいな、荒事に巻き込まれたくないな~。

 盆を抱えて、うろんな目で梅花を見る。

 梅花は手をパタパタ振って否定した。


「嫌ね。敵対だなんて……仲が悪いだけよ」

「なんだか不穏ですね」

「気のせいよ。それよりも珠珠、中秋節の糕点師選考、あなたも参加するの?」


 露骨な話題転向だが、珠珠とて皇子同士の争いなんて恐れ多い話題をいつまでも続けたくない。

 梅花の疑問に答える。


「ええ。私じゃなくて、英林さんが、ですけど」


 この店の内情を知っている梅花は、それを聞いて悔しそうな顔になった。


「ごめんね、珠珠。私は身分が高いけど、あなたを雇えるような環境じゃなくて……」

「気にしないで下さい。こんな下町の茶房に来ているとバレたら、まずいんでしょう」


 身分の差はあっても、気さくな梅花は、珠珠の数少ない親友と言って良い。

 梅花は貴族の女性だが、やんごとない身の上だからこそ、どうにもならないような厄介事を抱えているのだろうと、珠珠は察していた。きっと彼女がこの店に来るのは、そういった重苦しい世界から抜け出して、休息するためだ。

 自分の作った菓子が、少しでも親友の心労を和らげられるなら、作ったかいがあるというもの。

 さりげなく特製春餅を勧める。店の一番人気の春餅は、珠珠の考案した胡麻餡を薄い麦餅皮クレープで包んだもので、他の店と違って甘く食べやすいと評判だった。


「皆、見る眼が無いわ。珠珠は真心を込めたお菓子を作る、賢くて素晴らしい職人なのに」


 あなたに会うととても楽しいと、梅花はおっとり春餅をつまみながら微笑む。


「気をつけて。今度の糕点師選考は、両殿下が品評されるそうよ」

「両殿下? 雨龍皇太子様だけでなく?」

「ええ。だからこそ、雲行きが怪しくて……私は、あなたが心配」


 何事もなく、終われば良いけれど。

 そう呟く梅花に、珠珠は不意に嫌な予感を覚える。

 ただ英林の影武者として新作菓子を企画すれば良いかと思っていたけれど……それだけでは、済まされないかもしれない。


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