糕点師選考に出す新作菓子は、何にしようか。
不穏な皇族同士の争いは、
たとえ、英林の作品ということになっても構わない。
食べてくれる人がいるのは、ありがたい話ではないか。ましてや、自分の作ったものを美味しいと喜んでくれる人がいる。その事実だけで、珠珠は菓子を作る気力が沸いてくるのだ。
「軍師様のお屋敷で食べた青団、おいしかったなあ。季節が巻き戻ったみたいに、春の清々しい香りが口いっぱいに広がって……」
珠珠は思い出してうっとりする。
こんな不細工で太った下女を嫁に欲しい美男なんている訳がないのだから、あれは、いっときの幻夢に過ぎない。
人生はつらく苦しい。しかし、まるで寒空の下で握った温石のように、仔狐の姿で経験した珍事は珠珠の心を
夢は叶わないからこそ、夢なのだ。
朝と昼間は商品の準備で忙しく、新作は夜に考えるしかない。寝不足の珠珠は、太っているのに加えて目の下に
だから余計に、軍師様との一件は夢のようだった。
「夏なのに春。よし、そのテーマで行こう!」
珠珠は、軍師様の屋敷で食べた青団を元にイメージを膨らませ、新作菓子のテーマを決定した。
次は何の菓子を作るかだが、これは珠珠が決める必要はない。
中秋節は、秋と名前が付いているが夏の終わりの祭りだ。月を見ながら、満月の形の菓子を食べるのが伝統である。糕点師選考には暗黙の了解があって、だいたい季節の菓子を出すことが求められる。だから作るのは月餅一択だ。
珠珠は、月餅の表面に焼く図柄を考えた。
選者の目を引く、珍しい変わった図案が良いだろう。春の花、西域に咲く
餡には、甘い
厨房でああでもないこうでもないと試作していると、何やら店の裏門が騒がしく叩かれた。
「今は夜なのに、誰が何の用事だろう」
珠珠以外、英林など店の主人の一家は、別棟でとっくに就寝している。
ノックを無視したいと思いながら、急用だったら困ると小心な珠珠は恐る恐る、門を開ける。
「あのぅ、どなたでしょうか」
門の前には、役人らしき絹の長袍を着た男が立っていた。
「なんだ、お前は下女か? さっさと主人を叩き起こして来い! 私は白氏の遣いである!」
白氏と言えば、この国で有名な大貴族七氏の一つだ。
珠珠は震え上がって「少しお待ちを!」と答え、英林たちを起こしに走った。