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第10話

 中秋節の糕点師試験は、一次審査と二次審査がある。二級所持者は一次審査を免除されるので、英林は二次審査からだ。

 二次審査は、作った菓子を審査会場の商館に持っていく。結果は次の日に通達された。


「二次審査に通ったぞ! すごい、前回は通らなかったのに! これが白氏様の力か」


 合格した英林は大層よろこんでいる。

 最終審査は、御前品評。

 不正のないよう、皆の見ている前で、菓子を作る。


「俺の後ろで働けよ、子豚ちゃん」

「……」


 英林も一応菓子は作れるが、珠珠ほど上手くない。しかし、新作菓子の作り方は事前に英林に共有するので、御前品評の時には問題なく作業できるだろう。

 材料は持ち込みが認められているが、今回は皇子も品評するので、二日前に提出して毒物が混じっていないか検品される。

 数日掛けて準備し、珠珠は作業着姿で、英林と会場入りした。

 場所は、持水宮の外苑で、広い空き地に天幕を張って作業する。観客席や貴賓席の区切りは荒縄が引かれており、北軍の衛兵がものものしく並んでいる。


「ご静粛に。南陵王様、ご来場!」


 銅鑼どらが打ち鳴らされ、人波が割れる。

 次々とぬかづく民の前を通って現れたのは、美貌の主従だ。

 珠珠も平伏しながら、こっそり観察する。

 南陵王とは、第一皇子、藍閏祥らんじゅんしょうの別名だ。

 南部戦線の大将軍に任ぜられたからか、あるいは本人の気性からか、第一皇子の閏祥は武人の雰囲気をまとっている。贅肉のない、すらりとした体格で、裾の締まった軍服短袍を着て帯剣しているが、皇子ゆえの気品に満ちあふれた動作で粗野そやに見えない。鋭い鷹のような面差しながら、上品さを漂わせている。

 そして皇子に付き添うのは、軍師様と呼ばれる碧清晨へきせいしんだ。

 皇子が剛なら、清晨は柔。武官の服装の皇子に対し、清晨は文官の長袍を着ている。厳しい表情の皇子に対して、謎めいた笑みを浮かべている清晨。どこまでも対照的な二人は、完成された一対のようだ。

 二人がやってくると、周辺の女官や下女たちがうっとり見惚れる。

 確かに目の保養だわ~。


「気をつけて」


 給仕の下女が緊張して転び掛ける。

 清晨が声を掛けると「は、はいっ」と下女は真っ赤になった。女性に優しいのも高評価ポイントだ。

 二人が一段高いところにもうけられた貴賓の座に付くと、銅鑼どらが急に激しく打ち鳴らされる。


「雨龍皇太子殿下、ご光臨!」


 うわっ、大げさ。

 全員が平伏する中、とても豪華に飾られた御輿みこしがやってくる。楽奏団が笛やつづみを鳴らして、場を盛り上げた。

 御輿に乗る雨龍皇太子こと応泉おうせんは、神経質そうな顔をした小柄な男だ。

 珠珠は、先日、梅花が言っていた皇子同士の確執を実感した。明らかに第二皇子は、第一皇子より自分の方が偉いと強調してきている。兄弟仲が悪いのは確定だ。


「皇太子殿下の御前である! 歴史に残る菓子を作るが良い!」


 役人が声を張り上げ、御前品評の開始を宣言する。

 珠珠たちは急いで調理台の前に立ち、菓子作りを始めた。


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