御前での菓子作りは緊張するが、手を動かしていると時間はあっという間に過ぎる。
やがて、
宮女が菓子を盛った皿を、品評する貴賓に配膳する。
主役の英林は、会場の中央で、皇子が食べ終わって感想を述べるのを待たなければならない。
目立つ場所に一人座らせられる英林を見ると、この時ばかりは、影で良かったと思う珠珠だ。
いよいよ試食という時、沈黙を破って軍師様が発言した。
「殿下の皿を、その
「碧中将?」
「その糕点師は、はじめての御前品評だろう。殿下の御前で、自分の作った菓子を味わう名誉を与えたくてね。大丈夫、殿下には私の菓子を渡すから」
妙な事を言いだした
目の前に、菓子の皿が置かれた英林は蒼白になる。
それもそのはず。英林は珠珠に、第一皇子に供する菓子に毒を入れるよう命じたのだ。
「どうした? 食べないのかい?」
いつまで経っても皿に手を伸ばさない英林に、清晨がからかうように声を掛ける。
若き軍師は冷笑を浮かべる。その琥珀色の眼差しは、冬の氷柱のように冷えていた。
「まさか、食べれば体を害するような何かが、入っている訳ではあるまいな」
「!!」
軍師様には企みがばれている。
馬鹿だな、英林さんは。
珠珠は、何も知らない英林に
実は、御前に供した菓子に毒は入っていない。
菓子作りの誇りにかけて、毒を入れるつもりは毛頭なかった。渡された毒は、その日の夜に捨てている。
珠珠は真心を込めたお菓子を作る、賢くて素晴らしい職人なのに―――
お客様で親友の梅花が、そう言ってくれた。
その言葉に恥じない自分でありたい。
だから毒を入れるなんて、もっての他だ。
英林も誠実に菓子作りに向き合い、毒など入れようとしなければ、今ごろ胸を張って軍師様に潔白を主張できただろう。
「食べられぬなら、食べさせてやろうか」
軍師様の合図で、四方から衛兵がやって来る気配。
英林は絶対絶命だ。
「お待ちを!」
珠珠は、調理台の前を離れ、英林の元に駆け出した。
「その菓子に毒は入っておりません! 私が証明します!」
疑われるような事をしたのは、英林の自業自得だ。
しかし、それはそれとして、自分の作った菓子が大衆の面前で毒入りと汚名を被るのは、我慢ならない。それに、このままでは有耶無耶のうちに毒入り菓子を作った職人にされて、全員死刑になる可能性だってある。
これは、英林さんのためじゃない。
私自身のためだ。
「ほら、この通り!」
英林の前の皿から菓子を掴み、自分の口に放り込む。
周囲の人々が驚愕する中、珠珠は堂々と胸を張り、軍師様の前に立った。
突然の珠珠の行動に、清晨は目を見張る。
その琥珀色の眼差しに一瞬、賞賛がよぎった。
すぐ平静な表情に戻った清晨の顔には、もう冷たい色はない。その笑みは、純粋に状況を楽しんでいるようだった。
「―――無謀で勇敢なお嬢さん、君の名前は?」
一段上の貴賓席から、見下ろしてくる清晨。
「
めったに使われない本名を口にし、珠珠は