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第11話

 御前での菓子作りは緊張するが、手を動かしていると時間はあっという間に過ぎる。

 やがて、珠珠じゅじゅの作った新作月餅が供される順番になった。

 宮女が菓子を盛った皿を、品評する貴賓に配膳する。

 主役の英林は、会場の中央で、皇子が食べ終わって感想を述べるのを待たなければならない。

 目立つ場所に一人座らせられる英林を見ると、この時ばかりは、影で良かったと思う珠珠だ。

 いよいよ試食という時、沈黙を破って軍師様が発言した。


「殿下の皿を、その糕点師こうてんしの前へ」

「碧中将?」

「その糕点師は、はじめての御前品評だろう。殿下の御前で、自分の作った菓子を味わう名誉を与えたくてね。大丈夫、殿下には私の菓子を渡すから」


 妙な事を言いだした清晨せいしんに周囲は戸惑うが、当の第一皇子は顔色を変えず「清晨の言う通りにせよ」と命じた。

 目の前に、菓子の皿が置かれた英林は蒼白になる。

 それもそのはず。英林は珠珠に、第一皇子に供する菓子に毒を入れるよう命じたのだ。


「どうした? 食べないのかい?」


 いつまで経っても皿に手を伸ばさない英林に、清晨がからかうように声を掛ける。

 若き軍師は冷笑を浮かべる。その琥珀色の眼差しは、冬の氷柱のように冷えていた。


「まさか、食べれば体を害するような何かが、入っている訳ではあるまいな」

「!!」


 軍師様には企みがばれている。

 馬鹿だな、英林さんは。

 珠珠は、何も知らない英林にあわれみを感じた。

 実は、御前に供した菓子に毒は入っていない。

 菓子作りの誇りにかけて、毒を入れるつもりは毛頭なかった。渡された毒は、その日の夜に捨てている。


 珠珠は真心を込めたお菓子を作る、賢くて素晴らしい職人なのに―――


 お客様で親友の梅花が、そう言ってくれた。

 その言葉に恥じない自分でありたい。

 だから毒を入れるなんて、もっての他だ。

 英林も誠実に菓子作りに向き合い、毒など入れようとしなければ、今ごろ胸を張って軍師様に潔白を主張できただろう。


「食べられぬなら、食べさせてやろうか」


 軍師様の合図で、四方から衛兵がやって来る気配。

 英林は絶対絶命だ。


「お待ちを!」


 珠珠は、調理台の前を離れ、英林の元に駆け出した。


「その菓子に毒は入っておりません! 私が証明します!」


 疑われるような事をしたのは、英林の自業自得だ。

 しかし、それはそれとして、自分の作った菓子が大衆の面前で毒入りと汚名を被るのは、我慢ならない。それに、このままでは有耶無耶のうちに毒入り菓子を作った職人にされて、全員死刑になる可能性だってある。

 これは、英林さんのためじゃない。

 私自身のためだ。


「ほら、この通り!」


 英林の前の皿から菓子を掴み、自分の口に放り込む。

 周囲の人々が驚愕する中、珠珠は堂々と胸を張り、軍師様の前に立った。

 突然の珠珠の行動に、清晨は目を見張る。

 その琥珀色の眼差しに一瞬、賞賛がよぎった。

 すぐ平静な表情に戻った清晨の顔には、もう冷たい色はない。その笑みは、純粋に状況を楽しんでいるようだった。


「―――無謀で勇敢なお嬢さん、君の名前は?」


 一段上の貴賓席から、見下ろしてくる清晨。


珠慧じゅけいと申します、軍師様」


 めったに使われない本名を口にし、珠珠は拱手きょうしゅと共に敬礼した。


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