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第12話

 英林に詰めかけようとしていた衛兵たちは、珠珠の乱入に戸惑った様子だ。しかし清晨せいしんが「私が審問する。下がれ」と命じると、少し距離を取った場所で待機する。


「さて。この月餅に毒が入っていなかったのは、めでたいことだ。しかし、なぜ君の主は、その旨を申し出なかったのかな?」


 珠珠が割って入ったことで疑惑の一部は晴れたが、それでも事前に棒立ちになった英林の不自然な様子を説明できない。英林の顔には「毒入り菓子を用意しました」と書いてあるようなものだった。


「我が主は、気弱な性質でして、きっと御前で緊張し、言葉を発せられなくなったのでしょう」


 珠珠は英林の肩を持つことを言う。

 正直、自分に毒を入れるよう命じた英林や、その背後にいる白氏が黒幕だと訴えたいが、まずは潔白を証明してこの場を切り抜ける方が先である。


「しかし、毒入りではないと、なぜ君は知っていた? 月餅は、その糕点師こうてんしの男が作ったものではないか」

「いいえ、この月餅は、私が作りました」


 英林は簡単な作業しかしておらず、重要な工程は全て珠珠がになっている。

 そのことを明かすと、英林がぎょっとした顔になった。

 糕点師選考は手伝いの者が作業することは認められているが、さすがに丸投げすると失格になってしまう。

 後ろめたさが後押ししたのか、英林は余計な口出しをした。


「ぐ、軍師様! 月餅は俺が作ったものです! 今の珠珠じゅじゅの言葉は、ちょっとした比喩ひゆというか」

「ほう」


 清晨が、何かに気付いたように琥珀色の瞳を細めている。

 珠珠は密かに手で目をおおった。

 今のは悪手だ。英林は黙っていればよかった。焦って口を出したせいで、毒入り菓子の件だけでなく、自分で菓子作りしていないことも芋づる式に明らかになってしまう。


「そうか。このような繊細な模様を焼き入れた月餅を、そこらの下女が思いつくはずがない。お前が作ったと言うのだな?」

「はい!」


 英林はさらに墓穴を掘った。

 勢い込んで返事をし、まるで裏があると申告しているようなものだ。さらに、清晨の言った「そこらの下女が思いつくはずがない」という言葉を肯定してしまった。彼がなぜそう言ったか考えもせずに。

 清晨は、自分の前に置かれた皿から月餅をつまみあげ、眺めた。


「これは花の意匠か。何の花だ?」

「西域に咲く彩百合チューリップという珍しい花です!」

「ふむ。わざわざ珍しい花を入れた意図は?」


 清晨の問いに、英林は固まった。

 何の花かくらいは、珠珠が教えたが、それ以上のことは話していない。英林は、菓子に込められた想いに興味が無い。


「そ、それはその、珍しいからで」


 英林は、しどろもどろになった。


「語るに落ちたな」


 清晨の声は、よくがれた刀剣の刃のように鋭かった。


「お前の言葉は虚偽に満ちている。きっと真実、糕点師ならば、己の作った菓子に込めた熱い想いを、この場で口述するだろう。それが湧いてこないということは、これはお前の作った月餅ではない」

「!!」

「その者の糕点師資格をはく奪し、持水宮から放り出せ」


 蒼白になった英林に、衛兵が近寄ってくる。

 衛兵は罪人にそうするように、英林の腕を拘束し、会場の出口に向かって歩き始めた。


「待ってください! 俺は無実です! その月餅は俺の作ったものです! どうか―――」


 英林の悲鳴を、珠珠は痛ましい想いで聞いた。

 憎らしい相手だが、不幸になって欲しいと願ってはいない。彼を追いかけて、退出すべきだろうか。一緒に捕まらなかったのが幸運かどうか分からない。その場に取り残されてしまい、困惑する。


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