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第14話

 断罪されるでもなく、ただ退出のみ命じられた珠珠じゅじゅを、周囲の人々はどう扱っていいか判断しかねているようで、遠巻きに見ている。ちなみに、英林の家族や餅屋の従業員は、引っ立てられていく英林を追って出ていったため、会場に残っていたのは珠珠だけだ。

 どうしようかな。

 珠珠は途方に暮れた。

 帰っても元の職場で働くことは出来ないだろう。皇子の目前で罪をさらされ、英林と彼らの営業する店の栄光は地に堕ちた。もはや誰も菓子を買いに来ないだろう。

 軍師様の下した処罰は、あれでも寛大な方だ。神聖な雨龍皇太子の御前で、菓子を作った者をいつわるという、とんでもない罪を犯したのだから、死罪になってもおかしくない。命あっての物種と喜ばなければいけないのだが。


「そこの娘。こっちに来なさい」


 立ち尽くしていると、誰かに呼ばれた。

 呼び主には見覚えがある。

 仔狐の姿で清晨せいしんの屋敷に世話になった際、主に小言を言っていた従僕の青年だ。名前は、仲達ちゅうたつだったか。

 仲達ちゅうたつは、赤みがかった髪と垂れ目が特徴の、のんびりした風情のある男だ。屋敷にいた時と違い、武官の服装をしている。どうやら公私共に、清晨に仕えているらしい。


「なんでしょうか」

「困っているなら、うちに連れて来いと清晨様の指示です。あの方は、大の甘党です。気に入った菓子職人は、犬猫と同じ感覚で拾って帰るんですよ」

「えぇ?!」


 仏頂面の仲達は、主の気まぐれに辟易へきえきしているようだ。

 しかし、じろじろ珠珠を見る目には、少し同情が混じっている。


「あの方の世話になる千載一遇の機会ですが、どうしますか?」

「私に選択肢があるんですか」

「断って頂いて構いません。むしろ断れ」


 本音が出てるよ、仲達さん!

 優しそうな外見だが、あの軍師様の腹心だけあり、笑顔の裏の圧力が半端ない。

 珠珠は、この気難しそうな従僕と上手くやっていけるか不安になったが、ここで断ったら行き倒れるのは目に見えている。


「お世話になります」


 ぺこっと頭を下げると、仲達は深い深い溜め息を吐いた。


「どうせ、すぐに逃げ出すに決まっているのに。面倒なことですね」

「……」


 珠珠としては、数日雨をしのげるだけでも恩の字だ。

 これからどうするか、ゆっくり考える時間が欲しい。


「来なさい」

「はいっ!」


 大股で歩く仲達に、珠珠は小走りで付いていった。

 今回は絶体絶命の危機だったが、お菓子が大好きな軍師様の家で働けるなんて、実は運が良いのかもしれない。


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