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第15話

 仲達に連れて来られたのは、以前にお邪魔した清晨の屋敷だ。

 仔狐の姿の時も感じたが、人間の姿で見ても、やはり広い屋敷だった。玉都の中に森があると思ったら、軍師様のお屋敷だった件。


「あれ? 鬼が出るっていう噂の幽霊屋敷が、この辺りにあるって聞いたような」

「それが清晨様の屋敷です」


 どういうこと?

 首を傾げる珠珠に、仲達が説明を追加する。


「清晨様は道士でもあるので、鬼をはらって住めば一石二鳥だと仰いまして。清晨様目当ての人が寄り付かないのは静かで良いですが、使用人が逃げてしまうのが問題ですね」


 軍師様が神仙の技を使う道士なのは理解できるが、それにしても使用人が逃げ出す屋敷とは。

 選択を間違えただろうか。


「仲達、その女の子は誰? あんた、その子を苛めようってんじゃないだろうね?!」

「げっ」


 庭園を横切って、ほうきを手に持った背の高い下女が、大股で歩み寄ってくる。

 彼女を見て、仲達は後退りした。


凛湘りーしゃん


 凛湘と呼ばれた女性は、いきなりほうきの柄をくるりと回転させる。

 ひゅっ。

 風の切る音がして、一瞬の間に攻防が行われた。

 仲達が鞘に入ったままの剣で、箒を受け止めている。


「危ないですよ」

「ふん、腕は鈍ってないようだね」


 いったい、どういうこと?!

 ぽかんとしている珠珠に気付き、二人は気まずそうに距離を取った。

 箒を後ろに隠した格好で、咳払いした凛湘が、珠珠を見ながら言う。


「その子は、私が引き取るよ!」

「構いませんが、もしかして彼女の年齢を誤解していませんか? それに、彼女は糕点」

「おいで!」


 仲達の話をろくに聞かず、凛湘は珠珠の手を引っ張り、進み始めた。


「大丈夫! 私は小さな女の子の味方だよ!」

「ええと」

「さあ、まずは湯殿に行こう。ふふふ、女同士、綺麗に洗いあおうじゃないか」

「……」


 珠珠は年齢のわりに背が低く、童顔だ。

 勘違いされているなと気付いたが、まあいっかと思う。凛湘は強引だが、悪意は感じない。さばさばした豪快な性格のようで、珠珠は彼女に好感を持った。


「ここが風呂だよ!」


 案内された湯殿は、小さくても立派な浴槽が設置されており、珠珠は貴族が入るような風呂だと驚いた。

 使用人が使って良いところなの?


「さあ、髪を洗おう。あんた、だいぶ汚れが溜まっていそうだね」


 凛湘にうながされ、久しぶりに髪をといた。

 今まで不衛生な職人だと思われたら困るので、最低限の清潔さは保つようにしていた。とは言っても、居候いそうろうの珠珠に風呂に入る機会は無い。水で手入れするくらいで、髪は落ちないよう後頭部で団子にして、ずっとそのまんまだった。頭から湯を被ると、浮き出た汚れが流されていく。

 凛湘が楽しそうに、珠珠を浴槽に突っ込んで、すみから隅まで洗ってくれる。

 それだけでなく、綺麗な布で丁寧に珠珠の体や頭を拭いて、乾かしてくれた。


「あらぁ、あんた洗ったら可愛いじゃない!」


 ついでに、生まれてはじめて鏡に対面する。

 鏡には、風呂で血行が良くなったからか、ほんのり桃色の頬をした愛らしい少女の姿がうつっている。


「これが私……?」


 想像していたより不細工じゃない。

 豚と言われるので太った顔を想像していたが、現実の珠珠は少しふくよかなだけの、瞳が大きく鼻梁びりょうが整った少女だった。


「あんた住み込みで働くの?」


 凛湘に聞かれ、珠珠は我に返る。

 何やら勘違いされているが、珠珠は屋敷の使用人になりに来た訳ではない。たぶん……。

 しかし、だからといって、ここで何をするのかも決まっていない。


「えっと」

「明日から一緒に頑張ろう! とりあえず部屋に案内するよ!」


 ばんと勢いよく背を叩かれ、返事がどこかに飛んでいった。

 流されるまま、今日の寝床に案内される。

 驚いたことに案内されたのは、小さくても清潔な個室だった。寝具もそろっており、恐る恐る腰を降ろすと、しっかり綿の入った敷き布団の弾力を感じる。

 疲れていた珠珠は、寝台に身を横たえると、つい眠ってしまった。

 ―――夕飯を食べなかったせいだろうか。

 深夜に、腹の音と共に目が覚めた。


「……」


 珠珠は透かし窓の外の満月を見上げる。

 辺りは静かで、月の位置からすると、もう皆寝静まった頃だと思われる。

 どうしよう。どこに行けば、ご飯が食べられるだろうか。そもそも、こんな夜中に新入りが厨房に行って盗み食いするなんて、無礼にもほどがある。絶対によく思われない。


「狐の姿なら―――」


 珠珠は悩んだ末、仔狐の姿で探検しようと思い立った。

 経験上、仔狐の姿なら、食べ物を恵んでもらえる可能性がある。


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