仲達に連れて来られたのは、以前にお邪魔した清晨の屋敷だ。
仔狐の姿の時も感じたが、人間の姿で見ても、やはり広い屋敷だった。玉都の中に森があると思ったら、軍師様のお屋敷だった件。
「あれ? 鬼が出るっていう噂の幽霊屋敷が、この辺りにあるって聞いたような」
「それが清晨様の屋敷です」
どういうこと?
首を傾げる珠珠に、仲達が説明を追加する。
「清晨様は道士でもあるので、鬼を
軍師様が神仙の技を使う道士なのは理解できるが、それにしても使用人が逃げ出す屋敷とは。
選択を間違えただろうか。
「仲達、その女の子は誰? あんた、その子を苛めようってんじゃないだろうね?!」
「げっ」
庭園を横切って、
彼女を見て、仲達は後退りした。
「
凛湘と呼ばれた女性は、いきなり
ひゅっ。
風の切る音がして、一瞬の間に攻防が行われた。
仲達が鞘に入ったままの剣で、箒を受け止めている。
「危ないですよ」
「ふん、腕は鈍ってないようだね」
いったい、どういうこと?!
ぽかんとしている珠珠に気付き、二人は気まずそうに距離を取った。
箒を後ろに隠した格好で、咳払いした凛湘が、珠珠を見ながら言う。
「その子は、私が引き取るよ!」
「構いませんが、もしかして彼女の年齢を誤解していませんか? それに、彼女は糕点」
「おいで!」
仲達の話をろくに聞かず、凛湘は珠珠の手を引っ張り、進み始めた。
「大丈夫! 私は小さな女の子の味方だよ!」
「ええと」
「さあ、まずは湯殿に行こう。ふふふ、女同士、綺麗に洗いあおうじゃないか」
「……」
珠珠は年齢のわりに背が低く、童顔だ。
勘違いされているなと気付いたが、まあいっかと思う。凛湘は強引だが、悪意は感じない。さばさばした豪快な性格のようで、珠珠は彼女に好感を持った。
「ここが風呂だよ!」
案内された湯殿は、小さくても立派な浴槽が設置されており、珠珠は貴族が入るような風呂だと驚いた。
使用人が使って良いところなの?
「さあ、髪を洗おう。あんた、だいぶ汚れが溜まっていそうだね」
凛湘に
今まで不衛生な職人だと思われたら困るので、最低限の清潔さは保つようにしていた。とは言っても、
凛湘が楽しそうに、珠珠を浴槽に突っ込んで、
それだけでなく、綺麗な布で丁寧に珠珠の体や頭を拭いて、乾かしてくれた。
「あらぁ、あんた洗ったら可愛いじゃない!」
ついでに、生まれてはじめて鏡に対面する。
鏡には、風呂で血行が良くなったからか、ほんのり桃色の頬をした愛らしい少女の姿が
「これが私……?」
想像していたより不細工じゃない。
豚と言われるので太った顔を想像していたが、現実の珠珠は少しふくよかなだけの、瞳が大きく
「あんた住み込みで働くの?」
凛湘に聞かれ、珠珠は我に返る。
何やら勘違いされているが、珠珠は屋敷の使用人になりに来た訳ではない。たぶん……。
しかし、だからといって、ここで何をするのかも決まっていない。
「えっと」
「明日から一緒に頑張ろう! とりあえず部屋に案内するよ!」
ばんと勢いよく背を叩かれ、返事がどこかに飛んでいった。
流されるまま、今日の寝床に案内される。
驚いたことに案内されたのは、小さくても清潔な個室だった。寝具も
疲れていた珠珠は、寝台に身を横たえると、つい眠ってしまった。
―――夕飯を食べなかったせいだろうか。
深夜に、腹の音と共に目が覚めた。
「……」
珠珠は透かし窓の外の満月を見上げる。
辺りは静かで、月の位置からすると、もう皆寝静まった頃だと思われる。
どうしよう。どこに行けば、ご飯が食べられるだろうか。そもそも、こんな夜中に新入りが厨房に行って盗み食いするなんて、無礼にもほどがある。絶対によく思われない。
「狐の姿なら―――」
珠珠は悩んだ末、仔狐の姿で探検しようと思い立った。
経験上、仔狐の姿なら、食べ物を恵んでもらえる可能性がある。