珠珠は、自分が何者なのか知らない。
狐の姿になれるが、自分が妖魔の
だから、自分は単に狐に変身できるだけの人間だと思っている。
短い手足をほてほて動かし、
見回すと、灯りが付いている部屋があった。
まだ起きている人がいるのだ。
一か八か、優しい人だったら良いなと、その部屋を目指す。
「―――おや」
「狐君じゃないか! 逃げ出してどこかに行ってしまったかと思ったが、実はうちの庭に住み着いたのかい?」
う~ん、結果だけ見たら、当たらずも遠からず。
珠珠は心の中だけで返事をし、彼に歩み寄る。
手元まで近寄ると、予想通り清晨は珠珠を抱き上げ、膝の上に移してモフリ始めた。
「ほら、昼間に献上された月餅の残りものがあるよ。お食べ」
ありがとう、軍師様!
鼻先に差し出された月餅をむしゃむしゃ頬張る。
昼間に献上されたって、糕点師選考のお
「可愛いなぁ。ねえ、狐君。うちの庭にずっといてくれるなら、お菓子食べ放題だよ」
清晨はにこにこしながら、珠珠を誘う。
正直、とてもそそられる誘いだ。
「もう逃がしたくないな。いっそのこと、庭に結界を張って出られないようにするか」
!!
「冗談だよ」
閉じ込められるかも? と一瞬危機感を覚えた珠珠を見透かしたように、軍師様は鮮やかに前言撤回した。
本当に冗談だろうか……。
ちょっとだけ軍師様の庭でごろごろするのも良いかなと思ったが、やっぱり自由を封じられるのは困ると考え直す。
私は、お菓子を作りたい。それは狐の姿では、できないことだから。
「君を拾った日、兄上に文を出したんだよ。可愛い狐を拾ったってね。そしたら、兄上はなんて返事してきたと思う?」
珠珠の毛並みを指先でつつきながら、清晨は一人言を始める。
私は狐だから聞いてないよ、軍師様。聞いてなかったことにするから、安心してね。
それにしても、軍師様の兄上……?
「元の場所に戻してきなさい、だった」
珠珠は思わず吹き出しそうになった。
大人な軍師様が、兄上様の前では、仔犬を拾った
「兄上は過保護なんだ。昼間も、皆の前だというのに、私の心配をして……」
途中で言葉が途切れる。
見上げると、清晨は机に突っ伏して、寝入ってしまっていた。
今日は彼も疲れたのだろう。
珠珠は部屋を見回し、掛け布団に使えそうな厚外衣が椅子にかけてあるのを発見した。
よいしょ、よいしょ。
厚外衣をくわえて移動させ、眠ってしまった清晨の肩に
一仕事終えると、窓枠に座って、清晨を振り返った。
今日はありがとう。
おやすみ、軍師様。