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第17話

 珠珠じゅじゅは、すっかり住み込みの下働きと間違われているようだ。

 翌朝、凛湘りーしゃんが起こしに来て、侍女の服に着替えさせられた。流されて掃除をする珠珠。

 困ったことに、珠珠をここに連れてきた仲達は、南軍の用事でしばらく帰って来ないらしい。仲達が説明してくれるまでは、おとなしく侍女の仕事をしようと珠珠は考える。

 むしろ、永遠に下働きでも良い。

 だって!! どう考えても糕点師こうてんしとして雇ってもらえないでしょー! 資格持ってないし! 資格持ってたのは英林さんだし!

 私は、もう菓子作りできないかもしれない。

 事情を理解して雇ってくれる人がいるとは思えないのだ。

 この上、軍師様にまで駄目出しされたらどうしよう。

 軍師様に「あれからよく考えたが、やっぱり下女に菓子作りを頼むのは正気じゃないと気付いた」などと言われたら立ち直れない。

 その時を少しでも先延ばしする!


「清晨様の部屋の水差しを交換してきて」

「え」


 凛湘りーしゃんの指示に、珠珠は不味まずいと思った。

 軍師様と顔を合わせたくない。ただし、仔狐の時をのぞく。


「新入りの私が、ご主人様の部屋に出入りするのは」

「大丈夫!」


 何が大丈夫か分からないが、凛湘は良い笑顔で保証してくれた。

 仕方なく、珠珠は顔を伏せ、できる限り存在感を抹消し、清晨せいしんの部屋に入る。


「お邪魔しま~す……」


 小声で言って、机の上に置いてある陶器の水差しに手を伸ばした。


「新しい侍女か」

「?!」


 肩が跳ねる。

 背後にいる清晨の視線を感じた。


「君」


 固まっている珠珠の首筋に、ふわっと風の感触。

 衣擦れの音と共に、耳元にささやかれる清晨の声。


「なぜだろう、甘い匂いがする」

「?!!!」


 珠珠は言葉にならない悲鳴を発した。


「清晨様ー! 門に迎えが来ていますよー!」

「ありがとう、凛湘りーしゃん。今行く」


 軍師様の気配が離れた。

 一瞬の間に、だいぶ気力を消耗してしまった……

 やっと軍師様が部屋を出て行き、珠珠は呪縛が解けたように動き出す。


「……あれ? この本」


 何気なく本棚を見上げ、表紙に描かれている絵柄に見覚えがあり、目に留まった。

 それは、この国で菓子作りをする者なら誰もが知っている、花餅の絵。

 雨龍の心を慰めるために献上された、幻の花の形をした餅菓子。

 珠珠は誘われるように腕を伸ばし、巻物を本棚から取り出した。

 すると紐が勝手にほどけ、巻物が広がる。


「うわっ……あれ? これ私が知ってる話と違う」


 伝説では、病に伏した雨龍陛下の快癒を祈念し、国中の菓子職人が腕を競い、色とりどりの花餅を献上したことになっている。

 しかし、絵巻物に描かれているのは、花をくわえた一匹の狐。

 狐の歩む先には、横たわった龍の姿。


「花餅の話じゃなかったのかな。でもこの花は」


 珠珠は内容が気になったが、いつまでも仕事をさぼれないと思い、諦めて巻物を閉じる。

 気づかれないよう、元あった場所に戻した。

 そして、急いで水差しを手に、凛湘の元に戻った。


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