厨房の中から現れたのは、ゴツくて険しい顔をした老年の男だった。
筋骨隆々とした体格で、これで斧でも持った時には山賊、大槌を持てば熟練の鍛冶屋という風体である。ただ、料理で汚れたのだろう油染みのついた白い前掛けと、髪が落ちないように鉢巻をしている恰好は、料理人と言えなくもない。
「…………」
「
沈黙が怖い。
「食事の配膳とか手伝ってもらうから。あ、珠珠、お腹がすいたら、悟令さんに何か作ってもらうんだよ。勝手に厨房に入ると、この爺さん怒るから気を付けて。じゃあ、そういうことで」
「……待て」
男が初めて言葉を発した。
地鳴りのように、低い声だ。
「悟令さん?」
凛湘と珠珠を引き止め、悟令は厨房の中に入り、何かを持って引き返してくる。
そして、大きな手のひらを、珠珠に向かって差し出した。
「飴ちゃん、いらんかね……?」
綺麗な色と形をした氷砂糖が手のひらにいくつも載っている。
珠珠は、悟令を誤解していたと気付いた。
なんだ、とても優しい良い人じゃないか。
「いただきます!」
喜んで飴をいただく。
隣の凛湘が「え? 私も飴なんかもらったことないんだけど?!」と驚いている。
「師匠、この飴はどのように着色しているのですか?」
「……おいで」
悟令は無表情だが、心なしか眉尻が下がって、喜んでいるようだ。
厨房の中に入って手招きした。
「あ~~。
招かれているのが珠珠だけだと、凛湘は敏感に察知し、そそくさと出ていった。
一方、厨房に入れてもらえることになった珠珠は、目を輝かせて、調理器具や着色料について質問した。
さすが大貴族の屋敷だけあって、調味料や着色料の種類が幅広い。赤色を出す紅花一つとっても品質がよさそうだし、金色を出す珍しい
まさに夢のような時間。
うっとり、調理器具を眺めていた珠珠は、途中で我に返る。
自分も彼も、仕事でここにいるのだ。いつまでも遊んでいる訳にはいかない。
「次は何を作るんですか?」
「……若の、おやつだ」
若というのは、
珠珠は、さまざまな材料がそろった
「あ、あの! 私に作らせてくれませんか?!」
「…………」
「すみません! 今の、冗談です! 忘れてください!」
さすがに、新入りでいきなりは無理だろうな。
言った直後に後悔し、
しかし、悟令はしばしの沈黙の後、唸るように答えた。
「……構わん」
「え?」
「作ってみるかね」
「えぇぇ」
断られる前提で申し出た珠珠は、まさかの許可に驚いて声を上げてしまった。