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第20話

 清晨せいしんは甘い菓子を好むが、だいたい仕事をしながら菓子をつまみ、疲れて寝てしまうのが日課らしい。

 彼に仕える周囲の人々は、清晨に普通の食事を取って欲しいと願っている。


「楽しんでバランスよく食事してもらうには……色々な食材を餡にしたちまきはどうかしら」


 慣れない厨房で、珠珠じゅじゅは試行錯誤した。

 すぐ完成品を出すことは出来なかったため、珠珠が自分の作ったおやつを持っていくのは、二日後の夕方になった。


凛湘りーしゃんさん、お願いします!」

「自分で持って行けば良いのに」


 珠珠は凛湘りーしゃんに配膳を頼んだ。

 まだ清晨と顔を合わせる度胸はない。

 上司に仕事を頼むなんて怒られるかもしれないと思ったが、凛湘は寛容だった。特に深く突っ込まず、配膳を引き受けてくれるという。

 味の感想が聞きたいな。

 珠珠は、こっそり廊下に待機して、様子を見守ることにした。


「清晨様、おやつですよ〜」

「……凛湘、戦場じゃないのだから、貴族の屋敷の侍女らしい振る舞いを頼む」


 ざっくばらんな凛湘の配膳に、清晨は苦情を言った。ただ口調は軽く、気安い仲だと伺えるやり取りだ。


「今日はちまきか」


 珠珠は息を飲んで見守った。

 普通の小豆餡の他に、豚肉や鶏肉を使った餡、青菜や木の実を入れた餡があり、全ての粽が違う味になっている。

 清晨は手近な粽を手に取り、笹の葉を剥いて中身を口にした。


「―――この味は」


 彼は動きを止め、周囲を見回した。

 そして、珠珠が隠れる廊下の方に鋭い視線を向ける。


「私は誰が作った料理か、食べれば分かるんだよ。これは悟令の作ったものではないね。そこに隠れている子、出ておいで」

「!!」


 ばれてしまった。

 珠珠は恐る恐る、部屋の出入り口に立った。

 書斎にいる清晨がこちらをまじまじと見る。


「君は、糕点師選考で……どうして侍女の格好をしてるんだい? とても可愛いけど」


 台詞の後半で、よく分からない事を言われた気がする。

 珠珠はひとまず、理解できる方の質問に回答した。


「すみません!! 侍女の振りをしたのは悪気があった訳ではなく」

「うん? ちょっと待った。私は侍女の格好を責めた訳ではないよ。仲達に連れてくるように言ったのに、きちんとしなかったのは仲達の責任だ」


 偉い人には、偉い人の理屈があるんだろうなぁ。

 眉間を押さえて言葉を遮る清晨に、珠珠は黙って彼の判断を待つことにした。


「仲達?」

「申し訳ありません。すっかり忘れていました」


 書斎の脇に立つ仲達は、素直に失態を認めた。


「てっきり、悟令さんに怯えて出ていくかと考えていたのです」

「ああ、悟令は鬼だからねぇ」

「ええ?!」


 思わず声を出して驚き、珠珠ははっと口を抑えた。あの優しい悟令さんが鬼? それは鬼のように厳しいという比喩ひゆではなく?


「でも出ていかなかった。それどころか、厨房で私のおやつを作った訳だ。これは正式採用しないとね」


 清晨は上機嫌で言うが、仲達は青柿でもかじったように渋い顔をしている。


「……そうですね。雇用契約書を用意しなければ。給金はいかほどにしましょうか」

「そうだね。一貫くらいで、分割して前払いしてあげよう」

「え?! お給料がいただけるんですか?!」


 珠珠はとうとう黙っていられなくて、声を上げてしまった。

 お給料、もらったことがないわ。



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