彼に仕える周囲の人々は、清晨に普通の食事を取って欲しいと願っている。
「楽しんでバランスよく食事してもらうには……色々な食材を餡にした
慣れない厨房で、
すぐ完成品を出すことは出来なかったため、珠珠が自分の作ったおやつを持っていくのは、二日後の夕方になった。
「
「自分で持って行けば良いのに」
珠珠は
まだ清晨と顔を合わせる度胸はない。
上司に仕事を頼むなんて怒られるかもしれないと思ったが、凛湘は寛容だった。特に深く突っ込まず、配膳を引き受けてくれるという。
味の感想が聞きたいな。
珠珠は、こっそり廊下に待機して、様子を見守ることにした。
「清晨様、おやつですよ〜」
「……凛湘、戦場じゃないのだから、貴族の屋敷の侍女らしい振る舞いを頼む」
ざっくばらんな凛湘の配膳に、清晨は苦情を言った。ただ口調は軽く、気安い仲だと伺えるやり取りだ。
「今日は
珠珠は息を飲んで見守った。
普通の小豆餡の他に、豚肉や鶏肉を使った餡、青菜や木の実を入れた餡があり、全ての粽が違う味になっている。
清晨は手近な粽を手に取り、笹の葉を剥いて中身を口にした。
「―――この味は」
彼は動きを止め、周囲を見回した。
そして、珠珠が隠れる廊下の方に鋭い視線を向ける。
「私は誰が作った料理か、食べれば分かるんだよ。これは悟令の作ったものではないね。そこに隠れている子、出ておいで」
「!!」
ばれてしまった。
珠珠は恐る恐る、部屋の出入り口に立った。
書斎にいる清晨がこちらをまじまじと見る。
「君は、糕点師選考で……どうして侍女の格好をしてるんだい? とても可愛いけど」
台詞の後半で、よく分からない事を言われた気がする。
珠珠はひとまず、理解できる方の質問に回答した。
「すみません!! 侍女の振りをしたのは悪気があった訳ではなく」
「うん? ちょっと待った。私は侍女の格好を責めた訳ではないよ。仲達に連れてくるように言ったのに、きちんとしなかったのは仲達の責任だ」
偉い人には、偉い人の理屈があるんだろうなぁ。
眉間を押さえて言葉を遮る清晨に、珠珠は黙って彼の判断を待つことにした。
「仲達?」
「申し訳ありません。すっかり忘れていました」
書斎の脇に立つ仲達は、素直に失態を認めた。
「てっきり、悟令さんに怯えて出ていくかと考えていたのです」
「ああ、悟令は鬼だからねぇ」
「ええ?!」
思わず声を出して驚き、珠珠ははっと口を抑えた。あの優しい悟令さんが鬼? それは鬼のように厳しいという
「でも出ていかなかった。それどころか、厨房で私のおやつを作った訳だ。これは正式採用しないとね」
清晨は上機嫌で言うが、仲達は青柿でもかじったように渋い顔をしている。
「……そうですね。雇用契約書を用意しなければ。給金はいかほどにしましょうか」
「そうだね。一貫くらいで、分割して前払いしてあげよう」
「え?! お給料がいただけるんですか?!」
珠珠はとうとう黙っていられなくて、声を上げてしまった。
お給料、もらったことがないわ。