英林の店では、珠珠は二階の物置に住まわせてもらい、最低限の飲食を保証してもらっていたが、その代わりに給金は支払われないという話だった。珠珠は住まわせてもらえるだけ贅沢だと感じていたので、それに不服を唱えなかったのだ。
しかし、清晨の屋敷では、住居と飲食の保証のみならず、お給金も出るという。
「もちろん、給金を払うに決まってるじゃないか。上に立つ私たちのような者が、下の者をタダでこき使っては、悪しき前例となってしまう」
きちんと質問に答え、さらに珠珠をじっと見つめる。
「その様子では……前の職場では給金が支払われていなかったのだね」
「!!」
「読み書きはできる? 貨幣の価値は知っているかな?」
珠珠は真っ赤になった。
無知をさらけだすのは勇気がいる。
「書く方はあんまり。読むことはできます。それに、菓子の材料の仕入れは手伝っていたので、お金の計算はできます」
「そうか。良かった……仲達、契約書用の紙を」
なんと清晨は、その場で契約書を一発清書してくれた。
さらさらと契約書の文言が流麗に描かれるさまは、まるで魔法のようである。
「よし、できた。
契約書を受けとるよう言われ、珠珠は驚愕した。
軍師様の前に立って直接、受けとるの?
駄目ダメ、そんなの緊張し過ぎて死んじゃう!
「……」
一生懸命、視線だけで凛湘に助けを乞うが、逆効果だった。
「大丈夫だって!」
恐れ多いとおののく珠珠を、強引に背中を押して清晨の前に出す。
「ま、眩し過ぎる! まるで神様の前みたいなっ」
「大げさな子だなぁ。私は只の人間だよ。君と同じ、ね」
そうは言っても、ご尊顔がきらきらしいのだ。
珠珠は目がつぶれると思って、契約書を受けとると、ささっと凛湘の陰に隠れた。
彼のような美男は、遠くから眺めるのが良いのだ。
こそっと
「女の子に
ひぃぃぃぃぃっ!
「清晨様、野生動物ではなく、人間の娘です。がっつくと嫌われますよ」
呆れた顔をした仲達が、間に入って助けてくれた。
「そうだね。話したいことはあるけど、また今度にしよう」
清晨は、粽の前に座り直す。
一段落した様子で、笹の葉を剥き始めた。
「これから私のおやつは、君によろしく頼むよ―――珠珠」
最後の愛称呼びは、どこか甘ったるくて、珠珠は失礼ながら背筋に寒気が走ってしまった。