カーヴェル・グラントからの証言を得たリリィは、隣国ヴェリタスの宰相クラウスが関与している可能性を確信する。しかし、表立って追及するにはさらなる証拠が必要だった。隠密としての顔を持つリリィは、自らの力を駆使して真実に迫るべく動き出す。
-
夜の王宮は静まり返り、誰もが眠りに落ちている。だが、その暗闇の中を軽やかに動く影が一つ。リリィは足音を消し、隠密の技術を駆使しながら廊下を進んでいた。
カーヴェル・グラントから得た情報は不完全だった。クラウスが裏で糸を引いていることは分かったものの、婚約証明書がどのようにして偽造されたのか、そしてその目的が何なのかまでは明らかになっていない。リリィはそれを突き止めるべく、王宮内でクラウスと密かに連絡を取っていた人物を探し出そうとしていた。
「王宮にいる誰かが、ヴェリタスと通じている……。」
カーヴェルはそう口にしたが、具体的な名前までは明かさなかった。いや、彼が知らないだけかもしれない。そこでリリィは、自分の隠密としての力を使い、宮廷内部の動きを探ることに決めたのだ。
---
宮廷の記録室
リリィが向かったのは、王宮の東棟にある記録室だった。そこには王宮内で交わされた全ての通信記録が保管されている。この場所に何らかの手がかりがあると睨んだリリィは、誰にも見つからないよう細心の注意を払いながら侵入した。
扉を開けると、部屋の中は薄暗く、古い紙とインクの香りが漂っている。棚には整然と並べられた封書や巻物が所狭しと収められていた。リリィは手早くランタンを灯し、過去数ヶ月分の記録を確認し始めた。
「怪しい名前……怪しい内容……何か引っかかるものがあるはず。」
一枚一枚、手紙をチェックする。大半は日常的な報告書や物資の調達依頼といった平凡なものだったが、その中に一通だけ、異質な内容のものを発見した。
「『王国の未来は契約の上に築かれる』……?何のことかしら。」
その文面には、具体的な内容が記されていないものの、誰かに何らかの指示を出すような雰囲気が漂っていた。そして差出人は――。
「クラウス……やっぱり。」
リリィはその手紙を握り締めた。これで彼の関与が確実になった。だが、証拠としては弱い。なぜなら、この手紙は直接婚約証明書の偽造に関わるものではないからだ。
「もっと決定的なものが必要ね。」
リリィは手紙を元の場所に戻し、記録室を後にしようとした。その時、廊下の向こうから微かな足音が聞こえてきた。
---
不審な影
リリィはとっさにランタンを消し、暗闇に身を潜める。足音は徐々に近づき、記録室の扉の前で止まった。息を潜めながら様子を伺うリリィ。やがて扉が音もなく開き、一人の男が中に入ってきた。
その男は、リリィが先ほど見た手紙と同じ特徴的な紋章がついた封筒を手にしていた。それを棚にしまい、何事もなかったかのように去ろうとする。
「あなた、そこで何をしているの?」
リリィは暗闇から飛び出し、短剣を構えた。
「な、なんだ!?」
男は驚いて一歩後ずさるが、すぐに表情を引き締めた。その顔を見て、リリィは彼がクラウディウスの側近の一人だと気づく。
「こんな深夜に記録室で何をしているのか、説明してもらえる?」
リリィの問いに、男はしどろもどろになりながら答えた。
「……ただ、手紙を整理していただけです。」
「それは嘘ね。その封筒の紋章、クラウス宰相のものじゃない。あなた、彼と通じているの?」
男は答えず、逃げようとした。だが、リリィは素早く動き、彼の行く手を阻んだ。
「逃げるなら、それなりの覚悟をしてもらうわよ。」
短剣をちらつかせながら、リリィはさらに詰め寄る。男は観念したように肩を落とし、ぽつぽつと語り始めた。
---
さらなる情報の手がかり
男の話によると、クラウス宰相は密かにセレノア王国を内部から揺るがす計画を立てていた。その一環として、婚約証明書を偽造し、リリィを「執着深い姫」として貶める噂を流していたという。
「目的は……セレノアを弱体化させることだ。婚約破棄を利用して王室の評判を落とし、次は……もっと大きな計画を実行するつもりだ。」
「もっと大きな計画?」
リリィの眉が動く。
「そ、それ以上は……知らない。クラウス様に聞いてくれ。」
男はこれ以上話す気配がなかった。リリィは彼を見逃し、証拠としてその封筒を持ち帰ることにした。
---
エリックとの作戦会議
その夜、リリィは自室に戻り、近衛騎士団長エリックを呼び寄せた。机の上に置かれた封筒を指さしながら、彼女は口を開く。
「クラウスが黒幕で間違いないわ。でも、彼の本当の狙いが分からない。この封筒の中身を解析すれば、次の行動を予測できるかも。」
エリックは封筒を慎重に開け、文書を確認した。そこには、セレノアの重要拠点に関する詳細な情報が記されていた。
「……これは侵略の準備だ。」
「侵略……。」
リリィの表情が引き締まる。婚約破棄騒動は単なる入り口に過ぎなかった。クラウスは、セレノア王国を完全に手中に収めようとしている――その確信が、彼女の中に生まれた。
「次はクラウス本人を追い詰めるわよ。」
リリィは決意を新たにし、再び闇へと動き出す準備を整えた。