クラウディウスの情報をもとに、リリィはクラウス宰相の次なる動きを追うため、セレノア王国の貿易港へと向かう。そこでは隠密姫としての技術を駆使しつつ、クラウディウスと初の共闘が試されることになる。
深夜、セレノア王国の南端に位置する貿易港は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。波の音が静かに響き、港の灯台の明かりだけが闇を切り裂いている。だが、その静けさの裏で、何者かが動いていた。
「リリィ、今夜の計画は理解しているな?」
低い声で話しかけてきたのはクラウディウスだ。彼は黒いマントをまとい、普段の王子らしい威圧感を消している。それでも、その堂々とした姿勢は隠しきれない。
「ええ、もちろんよ。まずは倉庫を確認して、クラウスの指示で運び出される物資を見つける。その後、彼が次にどこへ動こうとしているかの情報を掴む。」
リリィは小声で答えながら、影のように港の倉庫群へと近づいた。隠密として訓練された彼女の動きには無駄がなく、クラウディウスもその姿に少し驚いているようだった。
倉庫の中で
二人が目指したのは、港で最も大きな倉庫。そこには普段、貴族が取り扱う高価な物資が保管されている。クラウス宰相がこの倉庫を利用して何かを運び出そうとしているという情報を、クラウディウスが掴んでいた。
「待って。見張りがいるわ。」
リリィは足を止め、指で倉庫の入口を指し示す。そこには数人の男たちが立っており、武装している様子だった。普通の港湾労働者とは明らかに違う。
「これは……クラウスの部下だな。」
クラウディウスは眉をひそめた。彼らが何を守っているのかを確かめる必要があるが、力押しで突破すれば警戒される可能性が高い。リリィはその場で短剣を取り出し、クラウディウスに小声で指示を出した。
「私が気を引くわ。その間に、あなたは中の様子を確認して。」
「君一人で大丈夫か?」
クラウディウスは不安げな表情を浮かべたが、リリィは微笑みながら首を横に振った。
「安心して。これくらいは慣れてるの。」
彼女はそう言うと、素早く影に溶け込むように姿を消した。クラウディウスはその動きに息を呑む。リリィの技術が単なる貴族の護身術の範疇を超えていることを、彼は初めて実感した。
陽動作戦
リリィは倉庫の裏手に回り込み、見張りたちの注意を引くために小石を投げた。カラン、と音が響き、見張りたちは一斉にそちらを向く。
「なんだ?誰かいるのか?」
男たちは警戒しながら音のした方へ向かう。その間にリリィは素早く入口付近に移動し、再び影に隠れた。彼女の陽動作戦は成功し、クラウディウスはその隙に倉庫の中へと忍び込んだ。
中に隠された真実
倉庫の中は暗く、かすかな灯りがいくつかの木箱を照らしている。その中に紛れて、一部の木箱にはヴェリタス王国の紋章が刻まれていた。クラウディウスはそれを見つけると、箱を開けて中身を確認する。
「……兵器だ。」
箱の中には武器や防具が詰め込まれていた。それらはセレノア王国では違法とされる輸入品であり、これを運び出そうとするのは、明らかに反逆の兆候を示している。
「クラウス……こんなことをして何を企んでいる?」
クラウディウスは拳を握りしめた。その時、背後で足音が響いた。振り返ると、そこには再び戻ってきたリリィの姿があった。
「見つけたわね。これがクラウスの計画の一部ね。」
リリィは兵器を見下ろし、冷静な口調で言った。
見張りとの衝突
しかし、二人が会話を交わしている間に、陽動作戦で散らばった見張りたちが戻ってきてしまった。
「おい!誰だ、そこにいるのは!」
声を上げた見張りが倉庫の中に駆け込んでくる。リリィは即座に短剣を構え、クラウディウスも剣を抜いた。
「見つかった以上、やるしかないわね。」
リリィはそう言うと、見張りたちの一人に向かって飛びかかった。素早い動きで相手の武器を弾き飛ばし、手際よく無力化する。その動きは鮮やかで、クラウディウスも思わず感嘆の声を漏らしそうになる。
「見とれてないで、手伝って!」
リリィが叫ぶと、クラウディウスもすぐに剣を振るい、次々と見張りを制圧していった。
新たな手がかり
戦闘が終わり、見張りたちを縛り上げた二人は、さらに倉庫を調べることにした。その結果、クラウス宰相がこの兵器をセレノア王国内に流通させ、反乱を引き起こそうとしていることを示す書類を発見する。
「これで奴の計画が明らかになったわね。」
リリィはその書類を握り締めた。彼女の顔には疲労の色が見えたが、その目はまだ闘志に燃えていた。
「次の目的地は、クラウス本人がいる場所を突き止めることね。」
「その通りだ。これ以上、奴に好き勝手させるわけにはいかない。」
二人はそう誓い合い、貿易港を後にした。リリィとクラウディウスの間には、まだ完全な信頼は生まれていない。しかし、共に戦ったことで、少しずつ絆が芽生え始めていた。