「今のあなたは履いてるパンツそのものが本体なわけ」
「ぐぅ! こんな弱点を抱えたまま、ヒーロー業を完遂できるわけがないっ」
「何枚か替えのパンツを用意しておくことね。はい、これがスペアのパンツよ」
女神は優しいの一言だった。わざわざパンツマンが履く専用のブリーフパンツを数枚まとめて手渡してくれた。
しかし、それを収納しておくリュックなど、こちらが持ち歩いているわけではない。どうしたものかと逡巡していると、女神が不気味なほどにニッコリと微笑んできた。
「あなたの少なすぎる魔法力を収納魔法に変換できるけど、どうする?」
「その代償は?」
「パンツ・光線!」
「……ちょっと考えさせてくれ」
パンツ・チョップやパンツ・キックは文字通り近接攻撃だ。遠距離攻撃用のパンツ・光線を手放すのは危険な香りがする。
しかし、それでもスペアのパンツを手に持っていることで片手が塞がるほうがよっぽど危険だ。
どちらがより不便なのかを考え抜いた。魔法力のキャパを収納魔法に全てつぎ込んでいいのか?
(むむむ……考えれば考えるほど、答えがわからない! 考えるな! 感じろ! 俺はパンツマンだ! パンツで感じ取れ!)
ここは素直に自分の魔法力のキャパを全て収納魔法に変えてもらうことにした。オミトは替えのパンツを収納するために収納魔法を授けてもらった。
「はい。これで収納魔法を取得できたはずよ。窓を開く感じで虚空に手を当てて、横にスライドしてみて?」
「こう……か? うおおお!? これ、めっちゃ便利なんじゃないのか!?」
オミトは女神に言われるがままに虚空をスライドさせてみせた。虚空の向こう側に収納できるスペースが空いている。
形がどうなっているかと問われれば、コインロッカーと例えるのが正しいだろう。「ふんふん♪」と鼻歌交じりに虚空の向こう側へとスペアのブリーフパンツを仕舞い込む。
もう一度、虚空に手を当てて、横へとスライドした。これで収納は完璧だ。色々なことに使えそうな収納魔法だった。
「ひとつ言っておくと、その収納魔法先にはナマモノは入れられないからね?」
「ナマモノ?」
「年頃の少女とか~♪」
「……そりゃそうですよね。誘拐し放題になるからなっ!」
「ちょっと残念と思っちゃったり?」
「し、ししし、失敬な! 俺は正義のヒーローだぞ!?」
「本当にー?」
「ほ、ほほほ、本当だとも!」
女神が肩をすくめている。こちらとしては、女神の思惑に乗るわけにはいかない。自分は正義のヒーローであって、本物のモンスターではない! と力強く念じた。
そうであるというのに女神が上から目線でこちらに再度、問いかけてきやがった。
「う、うるせーーー! 俺は正義のヒーローだ! 二度も言わせるなっ!」
「はいはい。疑って、ご~め~ん~ね~?」
「くそぉ! バカにしやがってぇ! 俺は……俺はぁ!」
「はいはい。ちなみに魔法力を全部、収納魔法にしちゃったけど……後悔は無いの?」
「後悔は……多少あるが、それでもパンツ片手に戦うパンツマンのほうがよっぽど嫌だーーー!」
女神がくすくすと可笑しそうに笑っていやがった。ますます悔しさが込みあがってきてしまう。
女神が姿勢を正す。それに合わせてこちらも気を取り直す。女神がこくりとこちらに頷いてきた。
今から大事な話をしてくることが伝わってくる。それを聞き逃さないようにした。
「ちなみに肉体言語的なスキルは新たに覚えることはできるわ。ここからが本題よ。あなたにはこの精神と時の部屋で修行していってもらうわ」
女神が言うこの精神と時の部屋は元の世界と時間の流れが違っている。向こうでの1時間がこちらの世界では1日に値するとのことだった。
元の世界における次の日の朝まで、女神がオミトの修行に付き合ってくれる。
元の世界で10時間。精神と時の部屋では10日間。これがオミトに用意された修行期間だった。
「ちなみにだけど……元となった漫画だと、この部屋って一生涯に使える期間って決まってたような?」
「そんな制限、こちらの世界ではないわよ。好きなだけ利用可能よ。まあでも、こんな殺風景なところにいたら、普通は3日間で気が狂うわね?」
「……おい。俺、ここで10日間も修行するんだよね?」
「うん。それがどうかした?」
女神がキョトンとした顔をしている。こちらは眉間に皺を寄せているというのにだ。普通なら三日で気が狂うと言っておきながら……だ!
ここは断然、抗議しておかねばならないだろう。
「俺は……女神様の言うところの普通には収まらないのか?」
「うん。当たり前でしょ?」
「……当たり前の基準がよくわからんのだが?」
「言わんとしてることはわかるわよ。でも、あなたはパンツマンじゃない」
「……パンツマンっていったいどんなモンスターなんだよぉぉぉ」
「レアモンスターの類ね。だから、普通が普通じゃないの。さらにはあなたはバグったパンツマンだし。10日間くらい平然と過ごせるわよ。たぶん、きっと、メイビー」
「あああ!? もういやだー! お家に帰りたーーーい!」
当然ではあるが、お家に帰る案は女神に却下された。渋々ではあるがオミトの10日間に及ぶ修行が始まった。
◆ ◆ ◆
まず第一にパンツマンにはパンツが濡れるよりも大きな弱点があった。それをずばりと女神に指摘された。
オミトは「うぐっ!」と喉を詰まらせるしかない。1日3回、パンツを食べなければ死んでしまう。それがパンツマンの最大の特徴であり、最大の弱点だ。
これを克服しなければ日常生活を過ごすことも難しい。
「ぶっちゃけ、わたくしがいちいち1日3食分のパンツを確保しなきゃならないのが面倒なの。わかるでしょ?」
「本当にぶっちゃけやがったこいつ……しかし、女神様にそうしてもらうのは、こちらも負い目を感じてしまう」
「というわけで、ニンゲンの食事でエネルギーを補給できるようにするわよ~♪」
女神はどこからともなくテーブルを出してくれた。さらにはそのテーブルの上には豪勢な食事が用意されていた。
ごくり! と喉を鳴らしてしまう。肉汁溢れるマンガ肉。豚骨ラーメン。さらには白い米のご飯。見ているだけで腹が鳴ってしまう。
「どうぞ、召し上がれっ♪」
「いただきます! はむっ、ふむっ、……ッ、……ゥ!」
涙が溢れてきた。どうしようもなく……だ。
「ぐぁぁぁ! どんな拷問なんだよこれ! 全部、砂や段ボールを噛んでるような味しかしねえよっ!」
料理が盛られている大皿を目の前にして、鼻をくんくんとさせれば、美味そうな匂いが鼻腔を刺激してくれる。
しかし、いざ、それらを口の中に放り込んでみれば、味覚だけでなく、嗅覚までもがバカになった。
何も感じない。ただただ何かの塊を噛んでいる食感しか感じ取れない。これほど食事が空しいと思ったことはなかった。
そうであるというのに女神がテーブルの上に次々と新しい料理を置いてくれた。餃子、天津飯、回鍋肉。どれも見た目だけは美味しそうだ。
しかし、それらに箸をつけて、口に運んでも、一切の味を感じ取れない。ついには涙が溢れてきた。
「俺は……本当にモンスターなんだぁ! 悲しいよぉ!」
「はい、泣かないで。いきなりは無理よね。これをふりかけて?」
「これは……?」
「パンツふりかけよっ!」
「やったーーー!」
パンツがこれほどありがたいと思ったことはなかった。さっそく料理にパンツふりかけを思う存分ふりかけた。そして、それを口に運ぶと、料理の味を感じられた。
「うめえ! こんなに食事が美味しいなんて感じたことがなかった!」
「少しづつ慣れましょう?」
「えっ……パンツふりかけじゃダメなんですか? これで解決じゃないんですか?」
「根本的解決になってないでしょ~~~?」
「そ、そうかもしれんが……でも、パンツふりかけならパンツの消費量も抑えられるんじゃ!?」
「最終的にはパンツふりかけ無しでも、ニンゲンの食事を少しでも楽しめる程度になってもらうわよっ」
「そんな……地獄過ぎるぅぅぅ!」
オミトはここから三日三晩、ニンゲンの食事を食べ続けた。少しづつパンツふりかけの量を減らしながらだ。
いくら「パンツを食べさせてくれ!」と願っても、決して女神は許してくれなかった。女神は鬼教官だった。
女神の言っていることも理解できる。だが、パンツを食べれないのはパンツマンであることの否定に繋がる。
葛藤と戦いながらも、オミトはニンゲンの食事を食べ続けた。
「ダメダメ。よく噛んで、よく味わいなさい。そうすればニンゲンだったころの味覚が少しだけ蘇るはずよ」
「ダメ出し多すぎませんかぁ!? 俺、これでも頑張ってるつもりなんですけどぉ!?」
「頑張ってるつもりじゃなくて、頑張ること。この違い、わかる?」
「ちくしょう……ちくしょう」
オミトは涙を流しながら砂の味しかしないニンゲン用の料理を食べ続けた。腹は膨れても、満足感なんてまったく感じない。ニンゲンの食事は苦痛にしか感じられなかった。
しかし、それでも徐々にオミトの身体に変化は訪れようとしていた。
その特訓の甲斐もあって、四日目の朝を迎える頃、ようやくオミトはニンゲンの食事に少しだけ味を感じ取ることができるようになった……。