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第7話:勇者との邂逅

「全身が筋肉痛だっ! 指一本動かせん!」


 パンツマンは牢獄の中でひとり、倒れ伏せていた。元の世界に戻ってくるなり、疲労がどっと押し寄せた。


 これが精神と時の部屋を使用した代償なのだろう。


 鉄格子が嵌められた窓の隙間から朝日が差し込んできていた。それでも少しは寝ておこうと静かに目を閉じる。


 しかし、安眠はすぐに妨げられる。看守から「禁固90日の刑は昨日で終わった」と告げられた。


「ほら、とっとと立ちやがれ。ちなみに今日の朝食は抜きだ」

「えーーー!? パンツを食べれないんですかーーー!?」

「ここは洒落た宿屋じゃない! パンツが欲しかったら、自分の手で掴み取れ!」


 なんとも名言ぽかった。看守の言う通りだ。欲しいものは自分の手で手に入れてこその人生、いやパンツマン生だ。


 パンツマンであるならば、パンツを食べてこそ。そのパンツは自分の手で掴み取らなければならない!


"えっと……家を破壊して40代のパンツを食べた罪で投獄されたんじゃなかったかしら?"


 女神からツッコミをもらった。グッ! と唸るしかない。自分が食べたいパンツもまともに手に入れられない悲しきモンスターだった……。


 なにはともあれ、パンツマンは91日目になってようやく釈放された。番所の衛兵に「二度とくるんじゃねえ! パンツがいくらあっても足りやしねえ!」と吐き捨てるように言われた。


「くぅ!こっちだってパンツを食べたくないんだ! そうだと言うのに、なんて言い草だ!」


 踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだった。自由の身になったこと自体は喜ばしい。だが、この異世界ファンタジーの世界で自分は孤立無援の存在だ。


 行く当てもない。しかし、自分が為すべきことは決まっていた。このパンツマンという悲しきモンスターという姿からヒトの姿に戻る。


 そのためには勇者のパンツ、聖女のパンツ、魔王のパンツを手にいれなければならない!


 魂に火を灯す。パンツ・ハートが鼓動する。それとともに世の中の困っているJCやJKを助けてやりたい気持ちが昂ってきた。


「って、なんでだよ! 俺はどっちがやりたいんだよ!」


 自分自身にツッコミを入れておく。スキル:パンツ・ハートが発動してしまったようだ。スキルの効果は『困っているJCやJKを助けたくなる』だ。


 魔王を倒し、魔王からパンツを剥ぎ取る。そうすれば困っているJCやJKも同時に救うことになるはずだ。


 問題があるとすれば、魔王がどこにいるかがわからないことだ。


(ふむ……ここは勇者と合流しておくか)


 行く当てもなく彷徨うのは危険すぎた。自分は1日3回、パンツを食べなければならない弱点を克服できた。だが、それでもパンツはどこかで必ず食べなければならない。


 それがパンツマンの悲しい宿命だった。いたずらに時間を浪費してはいけない。


(しかし……勇者は今どこにいるんだ? 勇者と繋がっていれば魔王といずれ対峙できるというのに!)


 パンツマンはここでスキル:パンツ・アイ(千里眼)とパンツ・イヤー(地獄耳)を発動させる。


 勇者たちの居場所を突き止めるにはうってつけのスキルだった。だが、そんなスキルを使うまでもなかった。


 パンツマンの目に16歳くらいの美少女が映った。彼女の両脇には20代の女性がふたりいる。既視感に襲われた。あいつらによって、自分は投獄された。


 その人物たちがゆっくりとだが、確実にこちらへと近づいてくる。パンツマンは否応なく身構える。


「パンツマン。脱獄もしないで壊した牢の中に居続けたと聞いたわ」


 こちらに語り掛けてきた美少女は銀髪をポニーテールにしている。凛とした顔。右目は紫水晶のように美しい。左目は残念ながら眼帯をつけているために確認できない。


 軍に所属しているのかブレザータイプの女子高生風の軍服を着ている。


 その軍服の上からおしとやかな胸を守るブレストメイル、枝のような腕先を守る籠手、プリっとした天使の小尻を隠すスカートの軽装備だ。


 集落で会った時と同じ格好をしている。


「まずは……名乗りからだろう!」

「むっ……それなら殿方からでしょう?」


 顔やいで立ちは美少女代表の美少女であるというのに、向こうはいら立ちの雰囲気を醸し出していた。売り言葉に買い言葉の応酬を続けてしまった……。


「俺の名はオミト・ダテ!」

「私の名はアリス」

「素敵なお嬢さん。俺と一曲踊ってもらえませんか?」

「頭でも打ったのですか?」

「失礼だな! これでも石頭なのだよ!」

「やれやれ……頭の中身はパンツのことしか考えてないパンツマンなくせに……」


 カッチーン! ときた。こっちは好きで四六時中、パンツのことを考えているわけではない。


 生きるか死ぬかの究極の2択を迫られているがゆえにパンツのことばかり考えているだけである。


 だが、それでも今の自分は大人げない。心の中でパンツが2枚、パンツが3枚、パンツが5枚、パンツが7枚とパンツの素数を数えておく。


 そうすることで無理矢理に冷静さを取り戻す。やはりパンツの素数は偉大であった。


「ネームド・モンスターであるあなたなら、脱獄なんて簡単だったはずじゃ?」

「ふっ。脱獄したところで行く当てもないからなっ!」

「あっ、そうなの? 天涯孤独の身……だったり?」

「そんな可哀想なヒトを見る目で見ないで!?」


 こちらは悲しきモンスター・パンツマンになってしまったが、それでもヒトの矜持を忘れてはいない存在だと信じていた。


 しかし、アリスの悲しみが込められている視線を受けて、その矜持が揺らぎそうになってしまった。


 アリスの口が開く。こちらの立場に同情するような声色だった。


「ねえ……あなた、これからどうする気? またパンツを求めて集落を襲うつもりなの?」

「ちがうわ! 俺はそんなことしたくないっ! それよりも俺には為さねばならぬことがある。ヒトの姿に戻りたいんだ」


 アリスはきょとんとした顔になっている。そうしたかと思うと、両脇に立っている女性たちとひそひそ話を始めてしまう。


 それが数分ほど続き、改めて、アリスがこちらへと身体を向けてきた。


「面白そうな話ね。もしかして、あなたは世界を救うと言われる伝説のあのパンツマンなの?」


 アリスの問いかけにこちらは言葉を詰まらせるしかなかった。女神に教えてもらったパンツマンの伝承には世界を救ったパンツマンがいた。


 目の前の彼女もその伝承を知っていると感じられた。


 どう答えていいものかと悩んでいると、アリスが片膝をついて、こちらに助力を願ってきた。


 こちらは戸惑うしかなかった……。


「私は勇者を引き継ぎました。それでも私は若輩者です。どうか、パンツマンの力を貸していただきたい」

「ちょっと! アリス、何言ってるの!? この変態が本当にあの伝説のパンツマンかわからないじゃない!」


 アリスを止めに入ったのは聖騎士の姿をしている大女だった。身長も高ければ、胸もでかい。アリスのサイズが可哀想に見えてくるほどだ。


 アリスが気丈に聖騎士然とした女性に反論を開始している。その様子を黙って見ていることしかできなかった。


「女神様からお告げを聞いたの。このパンツマンは他のパンツマンとは違うって。そうでしょ、パンツマン」

「いや……あのだな」


 返答にますます困ることになった。しかし、アリスが勇者なのはありがたい。こちらは3種のパンツを食べなければならない。そのひとつを履いている勇者が目の前にいる。


「先ず……きみが置かれている状況から教えてくれ。俺は困っている少女を助けたいと思っている。だが、きみ自身の情報がなければ何も判断できない」

「そうですよね。では、ゆっくりとパンツを食べれる場所に行きましょう」

「待ってくれ! 普通の食事も食べれるからね!?」

「……え? パンツマンの主食ってパンツだと思ってたんですが」


 アリスの言うことは失礼すぎた。パンツマンという存在になってしまった自分が悪いのであるが、モヤモヤとしてしまう。


「投獄されている90日間、修行したのだ! 今は1週間に1回のパンツ補給だ! ふははは!」

「……え? 修行でどうにかできるんです? パンツマンですよ、あなた」

「パンツマン、パンツマン言うな! 16歳くらいの女子がパンツなんて言葉、使っちゃダメでしょ!」

「でも、それじゃなんて言えばいいんです!?」

「……パンツマンでお願いします」


 なんとも図太い芯が通っている美少女だった、アリスは。彼女の台詞から自分の言を曲げない強さを感じ取ることができる。


 年頃の女性にパンツ、パンツと言わせたくない。しかし、こちらが折れるしかなかった……。


(聞く者によってはご褒美にしか聞こえん。しかし……絵面が地獄すぎる!)


「ならばこうしよう。パンツマンじゃなくて、俺のことはオミトと呼んでくれ」

「なるほど……パンツマン、あなたはネームドでしたね。オミト……さんと呼ばせてもらいましょうか?」

「……待った。ここは読者サービスでパンツ、パンツときみにそう呼ばせたほうが良い気がしてきた」

「どっちですか!? パンツとオミト、どっちがいいんですかー!」


パンツマンはたじたじとなってしまうしかなかった……。


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