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第9話:女神顕現

 聖騎士ルナはツンツンしていた。黒髪ツインテールらしいと言えばらしいとも言える。店員が運んできたサンドイッチを手に取り、先ほどのやり取りが無かったかのようにハムハムと豪快に食べきってしまう。


 ジロジロとルナの様子を見ていると茶色の目でジロリと睨み返されてしまう。こちらはたじたじとなるしかない。


「ごめんね~。ルナは悪気があって、あなたのことを警戒してるわけじゃないの~」


 なんとも間延びした喋り方をして、ルナを擁護しているのが賢者ベッキーだった。赤髪オカッパのまさにお姉さん。彼女の紅玉ルビーの目が少し濡れている。


 こちらに興味津々といった感じだ。こちらが「構わぬよ」と言いながら、同じくサンドイッチを手に取り、それを口の中に放り込む。


 それと同時に「ジュルリ……」と嫌な声が聞こえてきた。思わず咳き込んでしまった。


「美味しそうな身体をしてるわね~?」

「お前! 俺を捕食する気か!? 俺はモンスターだぞ!」

「いや~ん。もしかして童貞?」

「そ、それは……JCやJKに手を出そうものなら、淫行条例に引っかかってしまうからな……」

「JC? JK? それってパンツマン語?」


 ベッキーが首を傾げている。それもそうだろう。異世界にJCやJKというものは存在しないはずだ。あくまでも元居た世界の日本のみで通じる言葉だった。


 パンツマンは考える。どうすればJCやJKをこちらの世界の人間に誤解なく伝えられるかと。


「えっとだな……13歳から15歳の女子をJC。16歳から17歳をJKとパンツマン界隈ではそう呼んでいる……」

「じゃあ~、あたしは永遠の17歳だからJKってことになるわね~?」

「お前!? 思い切り20代後半だよね!?」

「失礼なっ! あたしは何歳になっても永遠の17歳! グーパンするわよ!?」


 ベッキーが椅子をガタっと鳴らして立ち上がり、こちらに向かって、拳をわなわなと震わせていた。


 先ほどと同様、年齢に関しての話題はこの勇者パーティにとって、ご法度のようだった。


「俺が悪かった……」

「わかればいいのよ~。あたしもアリスもJKってことでよろしくね~♪」

「ちょっと待ってくれ……自分に暗示をかけるから! アリスは16歳。ベッキーは永遠の17歳。お前たちは俺が守るべきJK……JK……JKだっ!」

「はい。私は16歳です(にっこり)」

「わ~~~い。あたしは17歳~~~」


 思わず血涙を流しそうになってしまった。銀髪ポニーテールの幼顔であるエルフのアリスはまだJK認定することは可能だ。


 しかし、見た目20代後半のベッキーをJK認定したくない。せめて、JKの制服を着ろよと言ってやりたくなってしまう。


 こちらの気も知らないで、アリスとベッキーが覚えたての言葉であるJKを楽しそうに連呼していた。


(好きにしてくれ……)


 パンツマンは大皿に乗っているサンドイッチの余りに手を伸ばす。すると指先がルナの指先にこつんと挨拶してしまった。


「ひっ!」

「悲鳴を上げないで!? そういう反応が一番傷つくから!」

「す、すまん。こう……指先が触れ合うのはエッチな気がして……」

「……え?」


 思わず聞き返してしまった。JCみたいな純朴さを右隣りのルナが発揮している。怪訝な表情で彼女の顔を見ていると、彼女はどんどん萎縮していってしまう。


 先ほど、画鋲を手に仕込んでいたとは思えないほどにルナは恥ずかしげな表情を見せている。


「あちゃ~。ルナの乙女モードが発動しちゃったみたい~」

「ベッキー。それ、どういうこと!?」

「んとね……ルナは21歳になっても、いつかは白馬に乗った王子様がお姫様抱っこしてくれるのを夢見ている乙女なの~。笑っちゃうでしょ~?」

「えっと……なんと言えばいいのか」

「ルナは男に免疫がないの~。だから男性相手にツンツンしてないと! って意気込んじゃってるわけ~」

「あーなるほど……」


 ベッキーの解説はありがたい。聖騎士は女神ヘラにその身を捧げた存在だ。ルナは教会の教えを固く信じ、男だらけの騎士団に揉まれながらも、地位を高めてきた。


 男社会に放り込まれても、ルナの心は決して折れなかった。だからこそ21歳にして聖騎士に任命されたのであろう。ルナの女神への信仰心は勇者アリスよりも篤いと思えてくる。


「反骨心……ってやつか」

「そうそう~。それが行き過ぎて、行き遅れしちゃいそうな勢いなの~」

「ベッキー殿! 失礼だぞ! 拙者はただ……軟弱者相手との結婚など考えられないだけだ!」

「……あれ? それだと俺の指とお前の指が触れ合った時のあの反応は何だ?」

「そ、それは……あのその……」

「あっ(察し)」


 なんとなく答えがわかった気がしたが、自分はJCやJKしか、そういう対象として考えていない。


 21歳のルナはいわばJDである。ルナとの関係が変な方向で深まらないように注意しなければならないと感じてしまう。


 遅めの朝食を食べながら、女性陣と親交を深めていた。女3人集まれば、かしましい。そこに新たな女性がこの場に現れた。


 その女性は光を発しながら、この場に顕現する。アリス、ベッキー、ルナが驚きの表情となっている。


 女性陣が急いでたたずまいを直し、背中をビシッと伸ばす。彼女たちは一様に緊張感を漂わせる顔つきになっていた。


 しかし、そんな雰囲気すらぶち壊すように顕現した女神ヘラが軽快にこちらに挨拶してきた。


「はーい、勇者アリスちゃん、お久しぶり~!」

「め、女神様! 御無沙汰しております!」

「そんなに緊張しないで?」

「そうだぞ、アリス。こんな駄女神相手に畏まらなくていいぞ!」

「パンツマン殿! 女神様を駄女神扱いするとは何事だ!」


 右隣に座るルナが慌てふためき、さらには左手でこちらの頭をぐいぐいテーブルへ押し付けてきた。


 ルナの左手とテーブルに挟まれて、頭をぎりぎりと潰されそうになってしまった。


「ちょ! なんでそんな馬鹿力を発揮してやがる!」

「うるさい! 女神様に謝れ!」

「いたたたーーー!」


 自分の姿を悲しきモンスター・パンツマンに変えた張本人である駄女神に謝ることなど、一切ない。


 自分は女性陣とは違って、この駄女神を敬う気持ちなど持っていない。しかし、それは間違いであると言いたげに、ルナの手でごっつんごっつんと頭をテーブルに打ち付けられてしまう。


「ルナ、それくらいにしといてあげてね?」

「はい! 女神様がそうおっしゃるのであれば!」


 女神がルナの動きを制止してくれた。ようやくルナの暴力から解放されることになる。「いてて……」と口にしたが、女神はこちらから視線を外し、アリスの方を注視する。


「わたくし、アリスちゃんを褒めにきたのよ?」

「はひ!? 私、女神様に褒められるようなことしました……か?」

「勇者としてのお仕事、頑張ってるじゃない♪」


 女神のその一言を受けて、女性陣の緊張感が一気に高まるのを感じる。オミトはいったい何が起きているのか、さっぱりわからない。


 しかし、その疑問が女神の次の一言で吹っ飛ぶことになる。女神は勇者アリスの功績を称えると同時に次の指令を与えてきた。


「魔王四天王のひとりを倒せ……ですか」

「そうそう。そろそろ次の実績を世間に認めさせないとアリスちゃんの立場も危うくなるからね♪」


 女性陣からは受け入れがたいという雰囲気が醸し出されていた。アリスの代弁者かのように賢者ベッキーが声を出す。


「女神様~、お言葉ですが……3カ月前に四天王のひとりを倒したばかりですの~。アリスは順調に魔王の戦力を削っていますの~」

「四天王の中でも最弱と言われたあいつを倒したところで、アリスちゃんの立場が向上したわけじゃないのは……ベッキーも理解してるわよね?」

「たはは……女神様に口では勝てないの~。確かにそうですけど~」

「小賢しい悪知恵を働かせるような小物じゃなくて、パワーでねじ伏せてくるタイプをパワーでぶっ飛ばす。わかりやすいでしょ?」


 ベッキーがごめんごめんと身振り手振りでアリスに謝っている。アリスはげんなりとした表情になっていた。


 推定JKのアリスが困っている。パンツ・ハートが震えた。パンツ・ハートは困っているJCやJKを見ると鼓動が昂る。


「おい、駄女神!」

「ん? オミトくん、どうしたの?」

「JKを困らせるなっ!」

「む~~~。オミトくんは……不敬罪ねっ!」

「……え? うおおお、勝手に身体が動く!」


 パンツマン・オミトは謎の力によって、その場で土下座ポーズをさせられる。さらにはお手、おかわり、ちんちん! のポーズを取らされてしまう。


「どわぁぁぁ! アリスたちの目の前で俺は恥ずかしいポーズを取らされるぅ!」

「あはは~! ダメよ、オミトくん。オミトくんがわたくしのことを駄女神だと思うのは勝手だけど、わたくしにも立場というものがあるんだからね♪」

「わかった! 俺が悪かった! だから、もう……ちんちんのポーズから解放させてくれえええ!」


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