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第2話



 詮議、とも言える謁見が終わった後で、オルベリス王は言われました。


「余は休息を摂る。後の政務は、執務室へ回せ」


 その美麗な声音の前に、臣下の貴族方は片膝を突いて、深く頭を垂れました。


 玉座から立ち上がるオルベリス王の後を、僕はちょこちょこと着いていきます。

 どんなときでもおそばに。

 それが、僕の受けた命なのです。


 やがて、謁見の間を離れ、王の寝室へと参ります。

 オルベリス王は、この宮殿の中に、四つの私室と、寝室を一つお持ちです。


 寝室に入ると、ベッドを整えていた侍女長様がこちらに気づき、礼を向けます。

 王は手を軽く挙げると、侍女長の退出を促しました。


 本来は、侍女が室内を出ることなどあり得ません。

 黙したまま一言もしゃべらず、部屋の隅で空気と化して主命を待ち続けるのがお仕事です。


 ですが、侍女長は心得たもので、一礼して本当に部屋から出て行ってしまいました。

 この寝室には、オルベリス王と、道化師の自分の二人きり。


「ああ、疲れた!」


 王は天蓋付きの広々としたベッドにマントを脱ぎ捨て、礼装のままシーツに飛び込みました。


「……何か言いなさい、マクガフィン」

「名を呼ばれましても。僕は、存在しない道化師なれば」


 マクガフィン、と自分の呼称を呼ばれ、僕は体裁を保ちます。

 もちろん偽名です。

 本名は捨てました。貴族籍にも記されなかった、庶子なので。


「ん」


 オルベリス王が、ベッドの上で、こちらに向けて両手を広げます。


「オルベリス王の寝所に踏み入るなど、恐れ多いですよ」

「イリース! 二人きりの時は、わたしはただのイリースよ、マクガフィン!! 兄様の代わりは、人前だけで勘弁してちょうだい!」


 そのように、『姫様』はわがままを仰せです。


 この乙女ゲーム『オルテナ・ストーリー』。

 その攻略対象の一人である王太子オルベリスは、メインルートでは即位後にその権威でヒロインの身分差のある婚姻を認める、いわゆるサブ攻略対象の一人ではあるのですが。


 現在、本物の『オルベリス』は、王国から、その姿を消してしまいました。


 即位間もない時期に、王政を支えたキレ者王太子の失踪。

 これを危ぶんだ重臣たちは、非常にマズいと考えました。


 そこで出された案が、ゲーム中ではヒロインのサポートキャラだった存在の『王女』。

 オルベリス王太子の双子の妹、イリース王女を替え玉として仕立て上げることだったのです。


 重臣たちは、かの麗しき獣、『麗獣王』が偽物であることを知っています。

 ですので、政務のほとんどは重臣たちが手分けして回してはいるのですが、それでも王ご自身が裁可を下さないといけないことは、山ほどあります。


 そこで用意されたのが、僕です。

 王の政務を補佐する助言者。王の暴走を止める諫言者。

 そして、


「はいはい、イリース様」

「よろしい!」


 王の寝台に横たわり、僕はイリース様に身体を抱きしめられます。

 勇猛才知の王とうり二つの妹、イリース様は長身です。


 いわゆる『男装の麗人』に抱きしめられ、僕はぬいぐるみのように愛でられてしまいます。


「癒やされるわ、マクガフィン。もっと、わたしを支えてよ。貴方がいなければ、わたしは何もわからないわ」

「恐れ多いことでございます、イリース様」


 そして、この姫を、『麗しき獣』へと装わせる役割なのですよ。


 僕はささやきます。


「いけませんよ、姫様。こんな小柄で年端もいかない道化などを、寝台に連れ込んで、押し倒してしまわれるのですか?」


 その小さなささやきに、姫様が一つ、ぶるり、と震えて、妖しく笑います。


「ええ、そうよ。マクガフィン。貴方のような幼げな少年を押し倒し、この手が、その体躯の線をなぞるのよ……?」


「いけませんね。とてもいけません。衣装の隙間から手を差し込まれ、肌触りを確かめられるのでしょうか? ……はたまた、鍛えていないこの身体の、『男』とも言えぬほど弱々しく柔らかな肉付きに触れられますか……?」


「ええ、そうよ。私の道化。貴方は男にも関わらず、わたしのような女の細腕に良いように撫でられて、その己の『か弱さ』に恥じらいながら、わたしに抱かれるのよ……?」


 言葉を口にするたびに、『ぞくぞく』と姫様の心のしびれが伝わって参ります。


 僕は道化。か弱い道化。

 彼女はそれを確かめる、『男』よりも強い『王』。


 姫様がクスリと妖しく笑うたびに、僕の心は満たされます。


「ねぇ、マクガフィン。確かめさせて……? 貴方がいることを、わたしに確かめさせなさい……?」


「姫様の仰せならば……致し方ありませんから。どうぞ、優しくお願いしますね?」


 朝と言わず、昼と言わず。もちろんのこと、夜とも言わず。

 姫様と僕の『儀式』はいつでも行われ、続きます。


 僕は道化。存在しない者である道化師。

 その道化師を、『確かめ』られ続けますのが、この麗しき獣の王。


 それが、この王宮の日常であるのです。


「貴方が何を知ろうと、たとえどんなに賢かろうと。わたしに押し倒されるのが貴方なのよ、マクガフィン。ねぇ……わかっているかしら……?」


「ああ、いけません。それはとても、いけないことなのですよ、お姫様……」



 麗しき獣の、牙にかみ砕かれる。

 僕は、ただの、自身を否定されるための『生け贄』に過ぎないのです。



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