悪役令嬢、という存在がございます。
乙女ゲーでヒロインをいじめ、ヒロインと攻略対象が結ばれた折には婚約破棄されて破滅する、という、いわゆる噛ませ犬や当て馬のような存在で。
小説でよく見ても、実際の乙女ゲームには意外と見なかったりもするのですが。
『オルテナ・ストーリー』にはいらっしゃいました。
騎士団長の元婚約者で、下級貴族への教育も兼ねてヒロインに指導していたら、なぜか周囲から断罪されかけた公爵令嬢。
それが、僕と対面した席で優雅にお茶を飲まれている方。
フェルリア・ローゼンハイム公爵令嬢であられるのです。
「久しいわね、道化師」
「そうですね、フェルリア様。良いお天気です」
そのフェルリア嬢と、僕は現在二人っきり。
もちろん僕はここに『存在していない』ので、男女二人きりには数えられません。
ですが、フェルリア嬢は僕に堂々と話しかけられます。
何なら、このお茶会に招待さえされました。
招待には応じました。
なぜなら、フェルリア嬢は僕の『協力者』であるからです。
『元』騎士団長の婚約者だった経緯から、その死について情報を得るための。
「こたびは、どのようなご用向きで?」
「用事は特別には無いわ。たまには『友人』とお茶をしたかっただけ」
恐縮ですね。
「過分な扱いにございます」
「わたくしは、貴方を『友』だと思っていてよ? 陛下のお手つきだから、恋愛感情は無いけれど。……わたくしの幽閉を解いてくれた者に、友誼の意を示すのは、不自然かしら?」
そうです。
貴族たちの前ですれ違いの罪を断罪され、婚約破棄されて社交界から追放されていたフェルリア嬢。
ご実家に幽閉されて一生を終えるはずだった彼女を社交界に戻したのは、僕の戯れ言がきっかけです。
果たして、彼女の教育、『指導』に非はあったのか?
それは上級貴族である元騎士団長の伴侶となるなら、当然覚えるべきことでは?
いずれ、誰かが行わなければいけなかった『指導』では?
ということを示した後に、決め手を打ちました。
僕と示し合わせたオルベリス王ことイリース姫が、
「彼女の『指導』は、かつて王太子だった余が指示したことである」
と宣言したのです。
筋立ては裏で色々合わせましたが、何にせよ、オルベリス王は、騎士団長とヒロインの最大の理解者であり後援者。
そのご指示であったとなれば、すべてが芝居であった、と貴族方は納得されました。
いえ、納得せざるを得ませんでした。
そうして彼女の名誉は回復されたのですが、問題は一つ。
「やはり、わたくしは陛下の妻になりそうですよ、道化師」
「そう、なりますかね」
僕は驚かず、白磁のカップを傾けて唇を湿らせます。
まぁ、そうなりますよね。
表向きには王太子の命令で、彼女の尊厳と名誉は、一度傷つけられました。
貴族令嬢としては致命的です。
通常、幽閉歴などがあれば、まともな婚姻相手など見つかるはずもありません。
それを承知で、幽閉される前に王が真相を明かして止めなかった。
最上級貴族たる、公爵家の令嬢であるのに。
それはつまり、他ならぬ王が、以後の責任を取る。
『王の伴侶の候補である』として、話がついていたからだ。
そういう話になりますし、そういう話にしかなりません。
「国母内定、心よりお喜び申し上げます、フェルリア様」
「王妃ではあるけれど、国母にはならないでしょうね。本当の意味では、ね」
はて? と、僕は首を傾げます。
「フェルリア様、お世継ぎは必要ですが?」
「産むのはイリース姫でしょう、道化師。たぶん、貴方の種をつける気ね」
おやおやおや?
これはもしや?
「……何か、お気づきになられたことでも?」
「白状いたしますが、わたくしが真に心を奪われていたのは、オルベリス王太子殿下。ですから、よくよく見ていれば現状は察しがつきましてよ、道化師。……最近、イリース姫は『大病で伏せっておられる』そうね?」
……そうですね。
イリース姫は、現在社交界にお姿を見せてはおられません。
一人二役は、さすがに無理がありますしね。
このご兄妹は声質が似ているので成り代わりが可能ですが、その次は、声も姿も似ているイリース姫の変わり身を用意するのがほぼ不可能です。
それでは逆に問題が大きくなるので、困ります。
「良いのです。わたくしは、いつまでもお帰りをお待ちしましょう。それが、叶わずとも……『友』の血を引いた子を、王の継嗣としてこの手に抱くのも、悪い未来ではありませんわ」
あれあれ。
すいぶんと買っていただいたものです。
ですが、それならば話は早い。
彼女が具体的な単語を明言していないので、このまま合わせてしまいましょう。
このまま順当に行けば、どのみちフェルリア嬢は、麗獣王が女性だと強制的に知ることになる立場です。
もちろん、婚姻を結ぶ前に明言するのはマズいでしょうが、それもあって、彼女は具体的な話を避けているのです。
仮に、もし仮に。
麗獣王との婚約まで『また』破棄される、という事態になった場合、彼女は最大の国家機密を握る立場として、今度は命すら危うくなるでしょう。
そのリスクを冒してまで、『自分が察している』と口にしてもらったので、僕はよほど、彼女にも信頼を置かれているようですね。
少し、イタズラ心がわきます。
「……フェルリア嬢。仮に僕が、騎士団長たちの死の真相を知るために、ほど近いお立場の貴女を社交界に戻した、と申したら……いかがされますか?」
「それが本心? ……いえ、『それだけが』本心なのかしら、道化師?」
にっこり、と不敵に可憐な笑みを浮かべられるフェルリア嬢。
そうですね、僕は道化師。
何の権力も持たない、王宮に、国家社会の内に存在しない道化師。
そんな道化師が、
嫌われ役になるのを覚悟の上で、まっとうな貴族の務めを伝え教えた『善人』が断罪されるなんて、間違っている。
……だなんて。
たとえ思ったとしても、できることと、できないことはあるのですよ。
なので、僕は道化師にふさわしく。
おどけて答えます。
「……さて? ただの戯れ言です。お許しを、フェルリア様」
「いいわ。貴方の言葉なんて、『誰も耳に入れなくて良い』ものなのよ、道化師」
わかってらして?
と、優しく尋ねられるフェルリア嬢。
いやはや。
この世界の貴族は、怖いですねぇ、本当に。
「またお茶に呼ぶわね、道化師。付き合いなさい。……わたくしからは、逃げられなくてよ?」
「かしこまりました、フェルリア様」
ふふ。
ええ、本当に、ね。