王宮でひなたぼっこ。
今日は良い天気です。
庭園は、王宮庭師の方にガーデニングされています。
生け垣程度の高さの花園が主ですが、木陰を作るための広葉樹も植えてあります。
その根元に背を預けて、ぽかぽかお昼寝。
気持ち良いですねぇ。
「こんなところにいたのか、マクガフィン」
その声はイリース姫。ならぬ、我が主、麗獣王オルベリス様。
「姿が見えぬので、探したぞ?」
「何ごとか、ご用命でしたか? 本日の政務は済んだと思いましたが」
動こうともしていない僕の動きを手で制し、オルベリス様は、自ら腰を下ろされました。
昼の広葉樹の木陰、僕の隣に、並んでもたれかかります。
「すまぬな。少し、臭うか?」
君主の装いではなくスポーティな服装をして、汗をかかれているオルベリス様。
武芸の訓練の後なのでしょうね。
『彼女』は、王族として恵まれた身体能力と運動神経をお持ちでもあるので。
「いいえ。オルベリス陛下は、いつも凜々しくございますので」
「世辞か?」
屈託なく微笑むオルベリス王。
確かに甘く感じますが、僕も男の端くれですので。
女性の汗の香りは、別に嫌な気分のするものではありません。
「汗を流された後の陛下の横顔も、清々しくございますよ。お美しいお顔立ちですので」
「そうか。お前にそう言われると、嬉しいな。……惚れ直したり、する?」
最期に、小声で、ぽそりと。
僕は微笑んで返します。
別に、元から惚れてなどはおりませんよ?
とても好ましくは思っておりますけれど、ね。
「かもしれません。が、何を言っても、僕の言葉は何も意味を持たぬゆえ」
「風刺や皮肉だけでなく、褒め言葉を投げるのも、道化の役割であろうに」
まぁ、それも仕事の一つです。
求められれば、の話ですが。
「職務で賛辞はしたくないんですよ。貴女は、自分の言葉で
ひねくれ者で、ごめんなさいね。
少し、間が開きました。
オルベリス王の反応が返ってこないので、不思議に思い、見上げます。
オルベリス王の、凜々しい美麗なお顔立ちが、真っ赤になって、こちらを凝視しておりました。
……はて?
「……ご無礼を。決して、職務を否定しているわけではございません」
「い、い、いや、よい。よい……のだ。うん。許す」
しどろもどろと、オルベリス王が口元を押さえます。
反抗的だと思われてしまっただろうか?
確かに、宮廷道化師としては二流の返答か。不真面目と取られても、仕方ないですね。
「そ、その……マクガフィン。そなたの目から見て余は、上手く『王』でいられていると、そう思うか?」
「ええ。神々しい玉座に、とても懸命に座しておられます。とても、がんばっておられますよ」
こんな僕と違って、もし貴女が少しでも不真面目であれば。
たぶん、この国は今頃、とんでもない混乱の最中にあったでしょうね。
地面に投げ出している僕の手に、そっと、温かい感触が重なります。
そっぽを向いたオルベリス王の手が、地面の僕の手に、重ねられました。
「……やはり、その可愛い顔で、あまり褒めるな。口説きたくなる」
「こんな屋外で、無体な真似はいけませんよ。陛下」
僕のその忠告が、皮切りでした。
覆い被さるように、男装の端正なお顔が、間近で僕を見下ろします。
壁ドンならぬ、庭木ドンですか。
かすかに緊張に強ばりながら、意を決したように、陛下は口を開かれます。
「ここでお前を裸に脱がせたとて、この国にそれを咎める者はおらぬ」
「ご随意に。今日は日差しも良いので、凍えはしないでしょう」
長いまつげ、澄んだ声音。
だと言うのに、頬は染まり、鼻息も少し荒ぶられているようで。
そんな彼女の姿が、僕には、とても可愛らしく見えるのです。
僕は男ですが、実は、腕力では彼女にはかなわないので。
現実を見ると、自分には何をされても抗うすべなど無いのですが、まぁ。
彼女なら別に、良いかなー。くらい。
毎日、とてもがんばっている彼女ですのでね?
「いさぎよいな」
「あなた様ですので」
すっ、と僕の顎にオルベリス王の手が添えられます。
目を閉じます。
が、たぶん、彼女が忘れていることが一つ。
「……ただ、ティアマト様の目の前でよろしければ、ですが」
ばっ、とオルベリス王が背後を振り返られます。
そこにいらっしゃるのは、ニヤリ顔を隠し切れていないティアマト侍女長。
「うふふ。この従者めのことなどお気になさらず、我が王よ」
「う、うむ。今日は良い天気だ」
そりゃ王様ですので。
王宮内を出歩くときだって、だいたい従者の一人はついてますよね。
忘れてましたね。どう見ても。
「良い天気ですねー」
良い雰囲気に夢中になって周りが見えないくらい紅潮している実妹。
ティアマト様がその姿にどんなに興奮してるのか、とか。
それを観察されて平静ではいられないくらいには、オルベリス王も乙女なんですよね。
とか。
この兄妹、賢いんだけど本当にどうしようもねーな。
と内心で思うくらいには、僕もこの王宮に慣れてはいるんですけどね。
良い天気です。
現在の王宮が平和なのは、良いことですよ。
本当に、ね。