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第7話



「おう、道化じゃないか!」


 王宮の廊下で、背後から抱き上げられます。

 僕は子犬ですか?


「アルキメデス副団長。おたわむれを。降ろしてください」


「相変わらず愛想がねぇなぁ、道化! かと言って人をにらまねぇのが、お前の良いところだ!」


 筋骨隆々な軽鎧姿のこの人は、アルキメデス副団長。

 亡くなられた騎士団長の代理を務めている方です。


 この方が、次期団長に就任する準備として、治安維持のために貧民街の賃金配りが行われたわけですね。


「なんで、毎回抱き上げるんです?」


「持ち上げやすいからだ! ちっちぇえからな!」


 歯に衣着せぬ副団長。

 地球の歴史上の『アルキメデスさん』と比べると、いささか脳筋な方にも見えますが。


 これでいて、軍略や輜重関連の軍事計画をこなすキレ者でもあります。


 で、なぜか。出会ったときから、僕はこの人によく構われています。

 なんでや。


「道化師が困っているよ、アルキメデス」


 そんなアルキメデスさんを制する声がかかります。


「やぁ、元気そうだね、道化師。ボクにも抱きしめさせておくれ」


 銀髪のショートカット、美貌を儀礼鎧に包んだ男装の麗人。

 クレイ・ノアール様。

 ボク、と言っていますが女性です。


 この方も副団長の地位におわす方です。

 アルキメデス副団長を団長代理として推薦し、彼を立てて補佐する立場ですね。


 アルキメデス副団長と、クレイ副団長。

 王国騎士団は、団長不在の中、今はこの二人によって保持されています。


「お二人は、何のお仕事中ですか?」


 僕は二人に尋ねます。

 お忙しいお二人です。王宮の廊下で執務の移動中に会ったことは、想像に難くありません。


 アルキメデス副団長が答えてくれます。


「予算会議の帰りだ。軍事費が縮小されなかったおかげで、防衛予算が無事に下りた」


「平和を維持するのが我らの務め、とお褒めの言葉をいただきましたよ」


 クレイ副団長も、心なし嬉しそうに教えてくれます。

 軍事費は、国防の要でもありますからね。良いことでしょう。


「最近は戦もねぇし、もちっと渋られると思ったんだがなぁ。なんだか、陛下の口添えがあって、周りの文官どもも黙らざるを得なくなってたな」


「はてさて、誰の入れ知恵があったんだろうね? ボクの知る限り、軍事の利権を削りたい貴族ばかりだったようだけど」


 さて、何があったんでしょうね?

 何となく、そんな忠言を過去にしたような気もしますが。いちいち覚えてません。


「ま、感謝しとくぜ、道化。キスでもしとくか?」


「それをするなら、ボクが礼をしておこう、アルキメデス。道化師も、年端もいかないとは言え男の子だ」


 クレイ様が、にっこりと僕の前に進み出ます。


「はい、たくさん見たまえ」


 ぴらっ。


 儀礼鎧の下のもも丈のスカートをめくり、付け根どころかその上まであらわにするクレイ様。


 柔らかそうにむっちりした根元に、刺繍に彩られた淡い桃色の下着が見えます。


「クレイ様。これは?」


「気に入らないの? これでも、乙女の下着だけれど」


 それはわかりますが。


「なぜ? 下着を?」


「興味があるかな、と思って。少年が顔を赤らめているのは、可愛いね」


 それは痴女というのですよ?


「淑女が他人に見せびらかすものではありません」


 僕がそう言うと、クレイ様はスカートをたくし上げたまま、ニヤリと笑いました。


「心配はいらないよ。きみは『存在しない者』なのだから、だから、何を見せても恥ではないし、きみがどう辱められようとも、誰も関知しないよね?」


 にっこり。

 そうですね。確かに、その通りです。


「いっそ、触ってさしあげましょうか、クレイ様?」


「いいね、いいね。それならば、ボクの手で下着を下ろすのもやぶさかではないよ?」


 年下趣味のボク女め。

 僕が少しでも怒った素振りを見せれば、腰に提げた剣で、僕の首が飛ぶでしょう。


「おいおい、俺もいるんだぞ、クレイ」


「前に回って見たら殺すからね、アルキメデス」


「その姿を誰かに見られても、俺は知らんぞ」


「次期団長様とは言え、乙女の柔肌は見せられないよ。これは道化師へのご褒美だからね」


 ご自分へのご褒美、の間違いじゃありませんか?

 頬を紅潮させてゾクゾクと身震いしなが僕を見下ろす銀髪のショートカットを、僕は正視するわけにもいきません。恐れ多いことです。


 内心で、相手に悟られないようにため息をつきます。

 わからないでもないです。


 クレイ様にとっては、女性である自分を副団長に取り立ててくれた元団長が失踪し、その後始末を担っているわけですから。


 悲嘆と重責で、そのストレスは相当なものでしょう。


 ――誰も彼もが、傷跡を持っている。


 そのストレスの捌け口となる役割すらをも、僕の『宮廷道化師』という身分は持ち合わせています。

 政治の中枢に口を出せるのに、無権力者。


 誰かに好意は持たれても、その立場をやっかんで虐げる行為に及ぶ方々は多いですし。

 あるいは、『虐げられる』ことで辛苦の受け皿となるのも、『道化』の役割と言えます。


 まぁ、好意は持たれているらしいので、暴力はほとんど受けません。

 ある意味では甘えられてるようなものです。

 成人の精神年齢の自分からすれば、可愛いものだと言えるかも知れません。


「クレイ様。そろそろお戯れは、お止め下さい」


「おや。そう言うならそうしよう。さすがに陛下の手前、これ以上『戯れる』わけにもいかないからね」


 陛下のお稚児扱いされてますからね、僕。

 まぁ、陛下ご自身からも似たような扱いをされてるんで、大差は無いですが。


「誰の手前、『戯れる』わけにはいかない、と?」


 場が凍ります。

 廊下の物陰からたいへん都合良く出てこられたのは、誰あろう。

 オルベリス王……こと、中身はイリース姫。


 呆然としたクレイ様手から、はらり、とスカートの裾が落ちます。

 アルキメデス様は顔を覆って天を仰ぐ始末。


 オルベリス王は、王の男装で、実は同じ麗人に、ふふんと笑いかけます。

 挑発的に。お怒りの笑顔ですね。


「我が道化への褒美、ご苦労。――道化よ、さぞ眼福であったろう?」


「へ、陛下……なぜ、ここに?」

「……なぜもなにも、そこの道化を探しに来たんだろうよ……」


 狼狽するクレイ様に、アルキメデス様が、横からぼそり。

 でしょうね。僕もそう思います。


「さぁ、我が道化よ。余からも褒美を与えようか。……お前たち、この者を借りていくぞ?」


「ぎょ、御意に!」

「ご随意に、陛下」


 横からかっさらうように肩を掴まれ、僕は唐突に現われた陛下に拉致されていきます。

 あーれー。


 と言うか、真相をバラすと。

 僕がこの廊下にいること自体、陛下のお呼び出しで、お部屋に向かう途中だっただけなんですけど。


 まぁ、それはそれとして、当初の予定通りに僕は連行されていきます。


「お二方。それでは、失礼いたします」

「あ、ああ。またな、道化師」

「んじゃなー、道化」


 お二人に聞こえないように、オルベリス王が僕の耳元に口を寄せて、ささやきます。


「……そんなに女の下着や脚が見たいなら、わたしの下着を見て、脱がせてもらおうかしら?」


 この人が真っ先にそうしますよね。


 そんなことを思いつつも、妖しい微笑みの陛下に連れ去られます。

 そして、その最中に、背後に遠のく二人の副団長を、ちらり。



 証拠は無いんですけど。

 団長失踪の件。あの二人は、少しだけ怪しいところがあるんですね。




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