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第8話



「実は、婚姻のことなんだけど」


「はい。それがどうされましたか、イリース姫?」


 お部屋に連行されて、ベッドの上で正座中。

 オルベリス王の衣を脱ぎ捨てたイリース姫が、下着姿でベッドに座ってらっしゃいます。

 この世界のガーター、レースの模様が細かいんだよね。


「マクガフィン。兄上が見つかるまで、延期にする方法は考えつかない?」


「つかないです。ご成婚おめでとうございます、イリース様」


 ごふ、と姫様はむせられました。

 気難しい顔で頭を抱えられます。気難しくても、お美しいですね。


「どうしたって、夜の寝室に入っちゃったら、わたしが替え玉だってことバレちゃうじゃない? 無理があるでしょ。なんで、宰相たちは推し進めちゃうかな」


 フェルリア嬢のことですね。

 濡れ衣の幽閉歴を、オルベリス王の指示だった、とごまかしたあの一件。


 sれは、単純に、そうしないと王家の面目が立たないからなんですけど。

 公爵家に恨まれて暗躍されて、謀反からの国家転覆、なんてオチもごめんですし。


 ただ、一応その点については、解決してはいそうなんですよね。


「たぶん、大丈夫ですよ。フェルリア様は、替え玉の件、ご存じのようでした」


「へっ? なんで?」


 間の抜けた顔を見せるイリース姫。

 ちらり、と目を向けると、部屋の隅で待機しているティアマト侍女長こと、本物のオルベリス王も納得したようにすまし顔をしていました。


 宰相が婚姻を推し進められた、ということは、そうですよね。

 宰相も、たぶん、「フェルリア様が替え玉に気づいている」ことを、察していると思います。


 もちろん、お二人とも実際に口に出して確認はしていないでしょうけど。

 無用な火種を生みますからね。


「イリース様がご心配なさらなくとも、ことが進んでいる、ということは、万事つつがない、ということですよ」


「そりゃ、つつがなくなきゃ、取りやめになってるだろうけどさ……でも、どうすればいいの? 実際問題、あるでしょ? ほら」


 はて?

 何に困ってるのかよくわからず、僕は首を傾げます。


 イリース姫は、気まずそうに、おっしゃいました。


「女同士の初夜って、どうやって寝るの?」


 ぶほっ。


「ごめんなさい。思わず噴いてしまいました」


「噴くな。実際に寝室に入るのは、わたしとフェルリアなんだから」


 そうですね。

 でも、なんで身体を重ね合わせる前提なんです?


「あのですね、イリース姫。お互い了解済みなんですから、何もしなくて大丈夫です。同衾……同じベッドで、枕を並べて一晩、ぐっすり眠って下さい」


「……そっか。それもそうだわ」


 目から鱗が落ちた顔のイリース姫。

 部屋の隅で、息をひそめた忍び笑いが聞こえました。


 ティアマト様としては、「うちの妹、ポンコツ可愛い」とでも萌えてらっしゃるんでしょう。


「そもそも、僕は女性じゃないので、女性同士の作法は何とも。ティアマト様にでもお聞きします?」


「あらあら」


 乗り気な笑顔ですね、ティアマト様。

 でも貴女、両方持ってませんでしたか。


「なんで? 実際に必要ないなら、別に要らないじゃない?」


 あ、ティアマト様がしょんぼりしてる。

 当然ですが、イリース様としてはその反応になりますよね。


「それより、マクガフィン。わたしのこの格好に、何か言うことは無いの?」


「下着とは言え、品の良いお召し物です、イリース様」


 なんでズボンの下にガーターストッキングなのか、はわかりませんが。

 好きなのかな、シルク生地のニーハイストッキング。


「あんな女の肌を見るくらいなら、わたしの半裸を見るのよ、マクガフィン?」


「……仰せの通りに」


 イリース様の手が僕の頬に伸び、そのまま抱きしめられます。


 僕は人形のようなものです。

 王の役割を担う姫の、依存先である道化の人形。

 それが僕の役割。


 彼女が見ているのは、本当の、僕ではない。


「愛しい子ね、マクガフィン。でもわたしの気持ちは、貴方には伝わらない」


「……伝わっておりますよ、イリース姫。あなた様の寵愛は、この身に余る光栄です」


 僕がそう言うと、イリース姫は、「んもぅ」となぜか頬を膨らまされます。


「それで? マクガフィン、貴方の知りたいことは、少しはわかったのかしら?」

「ええ」


 イリース姫に抱きすくめられたまま、僕は答えます。


「失踪された王の他に、同じく失踪された騎士団長と聖女様が『どこかで生きているかも知れない』ということですね」


 僕の言葉に、息を呑む気配が一つ。

 部屋の隅のティアマト様が、緊張した面持ちをしていらっしゃいました。

 お気づきでは無かったんですね。


「まだ、僕のカンでしかありませんが。『混乱が少なすぎる』のです。特に、騎士団周りの権力委譲と引き継ぎが、早すぎる」


「アルキメデスが騎士団の運営を引き継いでいるおかげで、団の瓦解は起こっていないわ」


「そうです。――そして、『派閥分裂』も起こっていない。副団長が二人いるんですから、クレイ様と二派閥を作って対立されてもおかしくないんですが、お二人の仲は良好」


 ふむ、とイリース姫が考えられます。


「マクガフィン。表立っては対立してないだけで、実際には権力争いをしている可能性は?」


「あります。ですが、次期団長候補はアルキメデス様の前提で、クレイ様が補佐に回っている。これは、二人の間で話がついているのか」


 もしくは。

 まだ、確信は持てませんが。


「誰か、裏で絵図を書いている人がいるのか。――そこまでは、僕にはわかりませんね」


 ふぅん、とイリース姫はうなずかれます。


 とは言っても国家権力の一部、の話です。

 宰相辺りが音頭を取って、治安の安定のために騎士団の管理を一時的に掌握している、という真相だったりしても、別におかしくはありません。


「その調子で、兄上の居場所も、見つかるのかしら?」


「そうですね。いずれは」


 というか、姫のお兄様ならば、今もこの部屋の隅に。

 何か「妹に求められてる」的に顔を赤らめてゾクゾクされておられますが。

 かくれんぼしてる子どもかな?


「でも、今は、本来の役割を忘れては困るわよ、マクガフィン」


 ベッドに腰掛けて長身の細い脚を伸ばされたまま、姫様はおっしゃいます、

 僕はそれを、正座のままで聞き入るばかり。


 姫様の艶めいた唇が開きます。


「わたしを『王』になさい、マクガフィン」


「仰せの通りに」


 僕はその場で、こうべを垂れるのです。


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